カスパール・ハウザー(1812-1833)についてはご存じの方も多いだろう。1828年ニュールンベルグで徘徊しているところを保護された推定16歳の知恵遅れの少年は鉛筆で自分の名前だけは書くことができ、ポケットからは生年月日と軍隊で預かってほしいこと、それが無理なら殺してかまわないことが記してあった。
少年は自分の素性を僅かしか語れなかった。ずっと暗い小部屋の中にいたこと、部屋の中には木馬があったこと、それが生い立ちの記憶のすべてだった。
少年の素性をめぐってさまざまな憶測が飛んだ。貴族の私生児という説が有力だった。一方、近代医学ではカスパール・ハウザーは稀な研究対象となった。人間との接触なしに育つと人はどのように成長するのか?これは人為的な対象は人道的にありえない。いわゆる「野生児の研究」としてカスパールは複数の法医学者に保護されることになった。
それから5年が過ぎ、カスパールは散歩中に2度襲われ、3度目で命を奪われた。犯人は見つからず、2年後に凶器のナイフが発見された。カスパールを悼む墓碑が建てられ、今なおカスパールを題材とした演劇・文学・映画は引きも切らない。ぼくの好きなゲオルグ・トラークル(1887-1914)の「カスパール・ハウザーの歌」をあげる。
彼は愛した。紫の日没を
森の小道や黒い鳥の歌を
そして緑の喜びを彼は愛した
森の木陰で彼は愛した。
清らかに澄んだ顔で
神が彼の心臓に、おお人間よ、と
優しい炎の言葉で語った。
静かに黄昏の街を歩んだ。
暗い呟きをそっともらす
ぼくは騎手になりたい、と。
だが彼の友だちはいつも林や獣
白衣の人々の家と薄暗い庭だった。
そして彼を狙う人殺しがいた。
春と夏が過ぎ この正しい人に美しい秋が来た。
ひっそりと足を運び
夢みる人達の暗い部屋の隣を過ぎて
夜 彼の星とふたりきりでいた。
雪が枯枝につもり
かすかに明るい戸口に人殺しの影が現れるのを見た。
銀色が閃いてこの生れざる人の首が落ちた。