人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

岡井隆の短歌

 岡井隆(1928-)は塚本邦雄と共に戦後の前衛短歌をリードした歌人。特に初期の4歌集が名高い。代表歌を抄出する。

「齊唱」(昭和31年)

灰黄の枝をひろぐる林みゆ亡びんとする愛恋ひとつ

あわあわと今湧いている感情をただ愛とのみ言い切るべしや

抱くときに髪に湿りののこりいて美しかりし野の雨を言う

逢えば直ぐ表情をして訴うる片手に棘をもつと今宵は

北の海から拾い来りて母のた海星の指は継ぎ合わされぬ

警官に撃たれたる若き死をめぐり一瞬にして党と距たる

コミュニズムのための童話の国恋て推かりけり共鳴の日々

わが髪の長きを笑い編まんとせし少女らのための聖句選びぬ

「土地よ、痛みを負え」(昭和36年)

渤海のかなた瀕死の白鳥を呼び出しており電話口まで

民兵の最後を聴けり誰よりも低き後方に席を移して

銃身をいだく宿主の死ののちに激しくつるみ合う蛔虫

どの論理も〈戦後〉を生きて肉厚き故しずかなる党をあなどる

昨夜よりはげしきものを塞かれいし水ほとばしる妻の両掌へ

通用門いでて岡井隆氏がおもむろにわれにもどる身ぶるい

じりじりとデモ隊のなか遡行するバスに居りたり酸き孤独噛み

犯行は全き境に入りおりて眼のあたり私刑死の女子の屍

「朝狩」(昭和39年)

肺尖にひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は

ひとしきり人の排泄のにおい満ち病める女に見上げられいつ

右翼の木そそり立つ見ゆたまきわるわがうちにこそ茂りたつ見ゆ

おれは狩るおれの理由を かの夏に悔しく不意に見うしないたる

愛技たたかわすまで熟したる雌雄の公孫樹よいま眠れども

女陰の画あまた写して居たりけり嘲るごとし病めるつばさを

「眼底紀行」(昭和42年)

子を連れて炎昼を来し死者の妻われの言葉に目みはれるのみ

わが従者黒シャツを着てたぐいなき冬の星座のしたをつき来る

掌のなかへ降る精液の迅きかなアレキサンドリア種の曙に

女らは芝に坐りぬ性愛のかなしき襞をそこに拡げて

指さしてみるさみどりの胆嚢のキューバのごとき溢血は見よ