人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

萩原朔太郎『薄暮の部屋』ほか

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萩原朔太郎(1886-1942)の第二詩集「青猫」は1923年に刊行された。詩人38歳。第一詩集「月に吠える」から6年、実現はまだ2年先だが、都会(東京)生活の夢を先取りしたのが「青猫」詩篇で、「月に吠える」の鋭い文体からメロディアスで反復的な文体に変化している。三富朽葉メランコリア』や大手拓次『象よ歩め』との類似にも注意。

薄暮の部屋』

つかれた心臓は夜をよく眠る
私はよく眠る
ふらんねるをきたさびしい心臓の所有者だ
なにものか そこをしづかに動いている夢の中なるちのみ児
寒さにかじかまる蝿のなきごえ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ

(……)

恋びとよ
お前はそこに座っている 私の寝台の枕べに
恋びとよ お前はそこに座っている。

(……)

恋びとよ
私の部屋の枕べに座るおとめよ
お前はそこになにを見るのか
わたしについてなにを見るのか
この私のやつれたからだ 思想の過去に残した影を見ているのか
恋びとよ
すえた菊のにおいを嗅ぐように
私は嗅ぐ お前のあやしい情熱を その青ざめた信仰を
よし二人からだをひとつにし
このあたたかみあるものの上にしも お前の白い手をあてて 手をあてて。

恋びとよ
この閑寂な室内の光線はうす紅く
そこにもまた力のない蝿のうたごえ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ
恋びとよ
わたしのいやらしい心臓は お前の手や胸にかじかまる子供のようだ
恋びとよ。
恋びとよ。

『青猫』

この美しい都会を愛するのはよいことだ
この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
すべてのやさしい女性をもとめるために
すべての高貴な生活をもとめるために
この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ
街路にそうて立つ桜の並木
そこにも無数の雀がさえずっているではないか。

ああ このおおきな都会の夜にねむれるものは
ただ一匹の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われのもとめてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに
そこの裏町の壁にさむくもたれている
このひとのごとき乞食はなにの夢を見ているのか。
(「青猫」より)