人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

西脇順三郎『アン・ヴァロニカ』

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西脇順三郎(1894-1982・新潟県小千谷市生れ)は詩人・英文学者・画家。モダニズム最盛期に英仏に留学し、帰国後は新しい芸術思潮の紹介者となった。西脇自身の作風は萩原朔太郎を師とするパロディと憂愁の詩で、意外な発想・豊かな情感・多彩な表現は追従を許さない。

『アン・ヴァロニカ』

男と一緒に-
その男は生物学の教授-
アルプスへかけおちする前
の一週、女は故郷の家にひそかな
離別の気持を味うので来ていた。
昔の通りの庭でその気持をかくして
恋心に唇をとがらしていた。
鬼百合の花をしゃぶってみた。
「壁のところで子供の時

地蜂
おやじ
の怒りにもかかわらず
梅の実をぬすんでたべたこともあったわ。」
この女にその村であった
村の宿屋でスグリ酒と蟹をたべながら
紅玉のようなランボスの光の中で
髪を細い指でかきあげながら話をした
「肉体も草花もあたしには同じだわ」
(詩集「近代の寓話」1953より)

この作品はH.G.ウェルズの「アン・ヴァロニカ」1909の設定と部分引用(「」内の独白)を再構成することで、長篇小説を短詩に圧縮してみせた名作。
次にご紹介する作品は注釈はいらないだろう。

『まさかり』

夏の正午
キハダの大木の下を通って
左へ曲って
マツバボタンの咲く石垣について
寺の前を過ぎて
小さな坂を右へ下りて行った
苦しむ人々の村を通り
一軒の家から
ディラン・トマスに似ている
若い男が出て来た
私の前を歩いていった
ランニングを着て下駄をはいて
右へ横切った
近所の知り合いの家に
立ち寄った
「ここの衆
まさかりを貸してくんねえか」
永遠
(詩集「宝石の眠り」1963より)

『アン・ヴァロニカ』は60歳、『まさかり』は70歳。では80歳の詩を引こう。

『元旦』

ああ太陽のまわりをまた
生物が繁殖するこの惑星が
苦悩と悦楽の回転を始めた。
でもそういう天体の旅の巡りだけは
祝いたい、葫蘆の幻影として。
豆の枝や枯れた菊をたき
青白い酒をかすかにあたため
この古い色あせた帽子にそそぐ。
(詩集「人類」1979より)

縁起よく元旦の詩になった。皆さまにおかれましても、よい年になりますように。