ボブ・ディラン(1941-)には本人の録音がない多くの名曲があり、65年に作られたこの'I'll Keep It With Mine'もそのひとつ。ジュディ・コリンズ、またはニコ(アルバム「チェルシー・ガール」1968収録・写真下)への提供曲として作られた。つまり本来は女性歌手を想定した曲になる。訳詞は男性が女性に語りかける形にしたが、その逆でもよかった。本人の完全版はなくデモ・テープがボックス・セット「バイオグラフ」に、未完成録音が発掘盤「ブートレッグ・シリーズ」(写真上)に収録されている。
『アイル・キープ・イット・ウィズ・マイン』
きみは探すだろう、どんな手間をかけても
でもいつまで探し続けていられるかい、まだ失くしてもいないものを?
だれもが助けてくれる
とびきり親切な人もいる
でもぼくにきみを救える時間があれば
ぼくにあずけておくれよ
ぼくの秘密と一緒にしまっておくよ
きみに変人だと思われてもしかたのないことさ
もしもぼくがあるがままのきみじゃなくて
きみじゃないきみを愛していると言ったら
だれもが助けてくれる
きみの探しものを見つけようと
でもぼくにきみを救える時間があれば
ぼくにあずけておくれよ
ぼくの秘密と一緒にしまっておくよ
列車は10時半に出発
だけどいつも同じ場所に戻るのさ
車掌はいつでも線路の上にいる
でもぼくにきみを救える時間があれば
ぼくにあずけておくれよ
ぼくの秘密と一緒にしまっておくよ
(収録アルバム・前出)
一見平易だが、実はタイトルと各連最終の2行が難しい。'Come on,give it to me/I'll keep it with mine'、このit(きみの)=mine(ぼくの)とはなにか?既訳ではどれも「ぼくのとしまっておくよ」と訳してある。歌詞の冒頭からそれは「きみが失う前から探しているもの」に対応するものと解る。
そこで最初は「ぼくの探しものと一緒に」とした。しかしなにか座りが悪い。「失う前から探して(求めて)」いるものはいろいろ考えられるだろう。夢、愛、お金、健康、若さ、美貌…
最終的にはそれは人生そのものを指す。だが重要なのは語り手が「それ」としか言わないこと。きみのとぼくのをひとつにしたいこと。それで解釈は決った。これしかない。