人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ボブ・ディラン『いつもの朝に』

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 原題'One Too Many Morning'、アルバム「時代は変る」'The Times They Are A-Changin''1964(写真上)収録。ライブ・アルバム「激しい雨」'Hard Rain'1976(写真下)、発掘ライブ『ロイヤル・アルバート・ホール1966』にも収録。アルバム「時代は変る」の曲を取りあげるのはこれが初めてだが理由は単純で、前作「フリーホイーリン~」や次作「アナザー・サイド~」にはあるキュートなラブ・ソングがこのアルバムにはない。怖いジャケットやタイトル曲の通りほぼ全曲が当時のフォーク界で流行のプロテスト・ソング(社会批判の歌)で占められ、流行を先導したのもディランならすぐに路線変更したのもディランだった。
 このアルバムで数少ないラブ・ソングとしては今回の曲になるが、歌詞はとっても地味だし曲調も地味で、演奏も歌も地味。アルバムのなかの箸休めみたいなのだが、ホークス(ザ・バンド)がバックの1966年ライブのロック・ヴァージョン、さらに「激しい雨」の野外ライブ・ヴァージョンを聴くと実はいい曲だったのがわかる。では訳詞を。

『いつもの朝に』

道端では犬が吠えつづけ
一日は次第に暗くなる
そして夜のとばりが下りると
犬は吠えるのをやめるだろう
そしてぼくの心のなかの音で
夜の静けさは砕け散る
だってぼくはひとつだけ多すぎる朝と
千マイルをすごしてきたんだから

ドアの前の十字路から
ぼくの目はかすみ始める
ぼくは部屋を振り向いて
恋人を見つけて一緒に横になった
そしてまたじっと通りの
歩道と看板を凝視する
だってぼくはひとつだけ多すぎる朝と
千マイルをすごしてきたんだから

それは落ち着かず満たされない気持で
だれにもいいことなんかない
ぼくが言うことだったらなんでも
きみは同じくらいうまく言える
きみの立場からはきみは正しい
ぼくの立場からはぼくは正しい
だってぼくたちはひとつだけ多すぎる朝と
千マイルをすごしてきたんだから
(前記アルバムより)

 この渋い歌詞にはギター弾き語りよりダイナミックなバンド・サウンドが必要で、まだ23歳、白面のディランには背伸びしすぎた、というところだろう。おそらく意図的に抑制している。感情表現とは難しいものだ。