人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

渋沢孝輔「漆あるいは水晶狂い」

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『水晶狂い』 渋沢 孝輔

ついに水晶狂いだ
死と愛とをともにつらぬいて
どんな透明な狂気が
来りつつある水晶を生きようとしているのか
痛いきらめき
ひとつの叫びがいま滑りおち無に入ってゆく
無はかれの怯懦が構えた檻
巌に花 しずかな狂い
ひとつの叫びがいま
だれにも発音されたことのない氷草の周辺を
誕生と出逢いの肉に変えている
物狂いも思う筋目の
あれば 巌に花 しずかな狂い
そしてついにゼロもなく
群りよせる水晶凝視だ 深みにひかる
この譬喩の渦状星雲は
かつていまもおそるべき明晰なスピードで
発熱 混沌 金輪の際を旋回し
否定しているそれが出逢い
それが誕生か
痛烈な断崖よ とつぜんの傾きと取り除けられた空が
鏡の呪縛をうち捨てられた岬で破り引き揚げられた幻影の
太陽が暴力的に岩を犯しているあちらこちらで
ようやく 結晶の形を変える数多くの水晶たち
わたしにはそう見える なぜなら 一人の夭逝者と
わたしとの絆を奪いとることがだれにもできないように
いまここのこの暗い淵で慟哭している
未生の言葉の意味を否定することはだれにもできない
痛いきらめき 巌に花もあり そして
来たりつつある網目の世界の 臨界角の
死と愛とをともにつらぬいて
明晰でしずかな狂いだ 水晶狂いだ
 (詩集「漆あるいは水晶狂い」1969より)

 これも60年代の日本の詩のビッグバンのひとつに数えられる詩集。もうひとつ「漆」という表題作もあるが、難解さは同等だ。そう、この詩集は「現代詩の難解さもここまできたか」ということで評判をとったのだった。
 渋沢孝輔(1930-1998)はフランス文学者、世代的には谷川俊太郎大岡信飯島耕一らと同期だが、20代前半には作風を確立した彼らにはぐんと遅れをとった。40歳目前の「漆~」で一気にブレイクし、晩年(苦痛にみちた癌の闘病)までこの詩集の文体や発想を追求していくことになる。
 手法的には象徴詩シュールレアリスムの折衷で、「厳」や「花」や「水晶」に作者が隠した本来のキーワードを代入していくことになる。そうすると「詩作の不可能性」というマラルメ的テーマ、「詩による詩論」という仕掛けが現れる。やっぱ難解ですか?