『アルテミス』
「十三番目の女」が帰ってくる…また最初の女だ、
いつも唯一の女、-同じつかの間だ、
おお女王よ! 最初の女か最後の女か?
王よ、唯一の恋人、または最後の?
揺りかごから棺の中まで愛してくれた女を愛せよ。
私独りが愛した女は今だ私を優しく愛する、
その女は「死」-あるいは死の女…おお歓びよ! 苦しみよ!
その女の手にする薔薇は「喪の薔薇」だ。
火にみちた手をしたナポリの聖女よ、
紫色の芯もつ薔薇、聖女ギュデルの花よ、
天の砂漠にきみの十字架は見つかったか?
白薔薇たちよ、落ちよ! 汝らは我々の神々を侮辱する!
落ちろ、白い亡霊たち、燃える汝らの空から、
-深淵の聖女は、私の目にはさらに聖女だ!
(詩集「幻想詩篇」1854より、入沢康夫訳)
「ジェラール・ド・ネルヴァル(1808-1855) 今世紀の文学に重大な影響を与えた19世紀フランスの詩人、作家。その作風は狂気と神秘な幻想のはざまの静穏な美しさが特徴で、近時その評価はいよいよ高い。『オーレリア』はダンテの『神曲』にも比せられる夢と現実の生の混沌を描いた傑作である。晩年狂気の発作に苦しんだネルヴァルは1885年1月、冬のパリの街頭で縊死した」
(講談社・世界文学全集カヴァー裏解説より)
詩人としてはすぐ次の世代のボードレールに象徴主義を暗示し、小説家としては多層的話法と現実解釈を20世紀の巨匠プルーストに示唆した偉大な触媒的文学者だった。だがこの詩を読んで直ちに意味が汲み取れる読者がいるだろうか?
イギリス詩人アーサー・シモンズも名著『象徴主義の文学運動』1899(日本でも大正期には文学青年の必読書だった)の劈頭でネルヴァルを論じ、難解さに手を焼いている。書き出しがいかす。「これは全世界を失った代りに己れの魂を手に入れた男の物語である」。
シモンズもネルヴァル精神崩壊説をとっているのだ。若き詩人は25歳頃から娼婦的な女優に弄ばれ、約7年後に破綻する。33歳から45歳までに12回の精神病院入院があり、享年46歳で縊死する。この間にゲーテ自身にも賞賛された『ファウスト』訳をはじめ著作が10作以上ある。だが詩人の精神生活は常に別れた恋人と共にあった。『アルテミス』を解く鍵はそこだろう。