人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

別れた長女の素描・前編(連作5)

(連作「ファミリー・アフェア」その5)

長女は話術が巧みだった。その日の出来事を重要事項順に並べ、ひとつひとつの話題について要約、概要、解説、総括することが自然にできた。妻は床に就くと数分で熟睡する女性だったので長女との寝物語はぼくの役目だった。今日はどんなことがあったの?それからどうなったの?その時みんなはどうしてたの?あかねちゃんはどう思ったの?まるでそのまま題名、要旨、見出し、本文に起こせるくらい話術のカンをつかんでいた。

妻との結婚は困難だったが交際中に妊娠が判明し、それまで反対していた親族も結婚に同意した。その代わりぼくは数社の掛け持ちライターから一社専属にならなければならなかった。とはいえ依頼は変わらない。ぼくには夜も休日もなくなった。
妻は第1子の出産は里帰りを望んだので、秋田県のクロスロード・タウンに送っていった。ぼくは隣町のホテルに泊まった。ぼくとご両親にはまだ不信と確執があった。
知らせは真夜中だった。目覚めて留守番電話を再生すると「さっき破水したの。これから病院に行くわ」と妻の吹き込みがあった。予定日よりも一ヶ月の早産だ。新幹線の車中から職場に電話した。順調なら2泊、状況次第では…追って連絡します。
5時間かけて病院に着いた時には、もう娘は生まれていた。破水から出産まで2時間、「稀に見る大安産ですよ」と婦長さんに太鼓判を捺された(次女ではさらに上をいった)。早産だったので娘は保育器、足音には伝票をつけられ、足の裏を叩かれて泣かされ、ミルクを与えられていた。
妻は母親に付き添われて一仕事終えた顔をしていた。「ゆきこさん、がんばったね」と抱きしめると泣いた。護らなければならない小鳥のように痩せていた。その日は病院近くのビジネスホテルに宿泊予定だったので、明日は名前決めて届け出しようね、と約束し、面会時間ぎりぎりまで手をつないで一緒に時間を過ごした。

女児だと超音波検査で判ってはいたが夫婦揃って名前は考えていなかった。朝一番に書店で「赤ちゃんの名付け方」の本を買い、持参してあった歳時記も持って妻を訪ねた。妻の表情は母親になった誇りで輝いていた。「明日には保育器から出られるって」
午前中のうちに名前は決まった。響きがきれいで、名字と釣り合いのとれた名前。あまり凝っていたり誤読される用字は避けたい。
(続く)