「ジャズの主役はドラムスで、他の楽器はその伴奏」と山下洋輔も再三発言している。言葉を替えればドラムスさえ良ければ他はヘタレでもなんとかなるわけでうちのバンドは守屋くんとぼくで持っていた。ぼくはシンコペーションやポリリズムを多用して基本的なテクニックの未熟さを補っていたからKや花ちゃんは戸惑ってしまうことがあったが、守屋くんはぴったり着けてきた。
「花ちゃんたちは聴きながら演るからずれちゃうんだよ」と守屋くん、「佐伯さんがガンガン吹いてるのに聴きながらじゃ追いつかないよ。予測しながら演るんだよ」
というわけで、守屋くんに引っ張ってもらって全員の腕前が向上した。もっともギター入りカルテットとしてはうちの演奏フォーマットは異色で、テーマ部ではアルトとギターがアンサンブルするがアルトのソロ、ギターソロではバックアップはベースとドラムスだけになる。ハード・ロック的にもなるわけだ。
ジャズクラブやライヴハウスのジャムセッションに出るようになったのは守屋くんが最初で次にぼく、それから花ちゃん。Kは自分の楽器じゃないと嫌だからという理由で出なかった。
そしてジャムセッションでは気心知れた自分たちのバンドとは違って、楽しいこともあれば自分だけ浮いてしまったり、直接または間接的に嫌がらせを受けることもあった。救いはぼくを疎む連中はテクだけの凡庸なプレイヤーで、本当に音楽性の豊かなプロの人たちにはぼくの演奏は受け入れられたことだ。それは特にセロニアス・モンクの曲に顕著だった。