形式的には、リズム・セクションが混乱さえしなければホーン奏者がテーマをこなせるかにかかっているともいえる。だから高田馬場イントロでジャズ研のソプラノサックス奏者と組まされた時には、
「いいけどテーマはお前が吹けよ。言い出したのはお前なんだから」
と大学生にお前呼ばわりされた。そいつはソロだけ吹いた。
後日彼がワンホーンで吹いているのを観たら、とにかく無駄にソロが長い。個人練習ではリズム・セクションがいないが、ジャムセッションはリズム・セクション入りで吹けるので、要するに練習をしているのだ。これはジャズ研のたまり場とか、ジャズ教室の教師とその生徒のジャムセッションでは頻繁に見られる光景だった。ぼくはバンドの練習ですら他人にアピールする演奏、パフォーマンスをしてきた。ステージの上でフレーズやスケールの練習を延々してどうしようというのだろう。演奏とは聴く人を楽しませ、自分も楽しむものではないのか-彼らにとっては、そんなことは二の次のようだった。
うちのバンドはジャズやりたいなあ、という人間が集まった自然発生的なグループだったから、部活やサークルのような既成団体に加入して、そこのルールに従う、なんていう考えは最初から持ちあわせていなかった。自分たちのやりたいことは、自分たちで決めてきた。ロックの世界では当たり前のことだし、ジャズをやりたいと思ったきっかけもいろんなジャズマンのアルバムを聴いてその自由さに憧れたからだった。
ところが、平均的なジャムセッションにはびこる呆れるほどの保守主義!これでは衰退したジャンル、過去の音楽と思われても仕方がない。つまらない演奏をしているという自覚もないだろう。