人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

精神病棟にて・患者Tの妄想

(この男の記事は以前も書いたが、興味深いので再び書きたいと思う)。

ぼくと同室のKは二階に入院していたが、就寝前の服薬は、三階のナースステーションに行くことになっていた。服薬して引き返そうとすると、娯楽室の隅から三階の患者T(推定50歳)に相談があると引き留められた。長期入院者と思われるが、彼がくつろいで患者仲間と親しんでいる様子は見たことがない。容貌は、漫才師のMr.オクレを想像してほしい。

ぼくとKは、灯りが落された娯楽室の片隅でTの話を聞くことになった。Tは開口一番、
「ロッカーから三万円盗まれたんです」と言った。
「それは看護師さんに相談しないと」
「相手にされません。これまでも何回も盗まれたし、テレフォンカードも盗まれている」
Tは福祉事務所の対応もおかしく、原因はこの病院にあるという。生活扶助費が途絶えた、母の介護費が払われなくなった。
「それにヘルパーSが偽名Aで再就職している。実は隣室の患者Hに運動会の時から恨まれて、毎晩壁を蹴られて眠れません。お前なんかいつでも殺せるぞ、と土下座させられました。このHとヘルパーSが、ぼくの病室のロッカーと自宅の合鍵を作っています」
「なるほど」とぼく。Kは早くも固まっている。

「ぼくの自宅にヘルパーSか患者Hが留守中に侵入しています。自宅で気づくと物が動かされ、病棟に戻るとないはずの物がロッカーに入っている。外泊中に秋葉原に行ったらヘルパーSが別の男と追けてきて、近所のスーパーにまでSがいました」
「そうですか」
「看護婦のFが借りてきたアダルト・ヴィデオに出ていました。それに」とTは壁の病院の免状を指して、「この病院は正規の日本精神病院協会に加入していません。病院内の死亡届けも出していない」Tは一息つくと、
「この病院にいると殺されてしまいます!」

「病院のテレビも偽の番組を流しています。昨日も府中で強盗事件のニュースがありましたが、犯人はKさんでした」
「おれが?」とK。
「そうです。患者のデータを使って偽の番組を流しているんです」

今日は遅いので明日訊いてみましょう、と返答してぼくはKは階段を下りた。
「全部妄想だろ?」
「当り前じゃないか。おれたちに相談したのも明日には忘れているさ」
「…おれが強盗犯とは、許せん!」とKは憤慨した。