人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

草野心平の後期異色作二編

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『チシマキキョウの群落で』

〈凄い。あの藤。〉男が少女の右肩に手を置いたのは。南の蛇の六倍もある大きなうねりが樅の古木にからまり。そのため樅が斜めにかしいでいるそれを見上げた少女が「まあ!」といって男のバンドにつかまったときからだった。桂や橡や山手欅、水楢。原始林の小径をのぼる二人に。光がまだらにちらついた。
意識するのは年だった。年の落差だった。少女の肩に置かれた男の掌。そのすきまにも年がいじわるくつまっていた。岩魚のいる沢川に沿った小径をのぼりきると。なたらかな。明るい砂地があった。二人とも汗ばんでいた。思いがけないチシマキキョウ。そのむらさきの群落の根もとに。男はあお向けになって自分の両掌を枕にした。
カッコウが鳴いている。

息をはく二つの。
天津桃。

口と口。

肉のなかに肉。
肉が肉を吸いこむ。

そうしてそれから。
とじた男のまぶたには黒いもやがいっぱい。
太陽は二つも三つもの点点になって一瞬消えまた増える。

(詩集「マンモスの牙」1966)

「チシマキキョウ」は千島桔梗。天津桃は少女の乳房の暗喩だろう。草野心平1903年生、1988年没。60代にしてこの詩というのは、ちょっとすごい。
三好達治堀辰雄主宰「四季」は萩原朔太郎を師としていたが、草野主宰の「歴程」は高村光太郎が同人費まで払って参加していた。次の詩は高村との親近性を感じさせる。

『紅梅』

どうして梅の花が咲きどうして。
肌荒いごつごつの幹から。
若々しい枝がのび。
点点点点。点点。
紅の花がひらく。
けれどもどうして。
どうして紅の花がひらくのか。
どうしてその花花は匂うのか。
梅にも生年月日があり。
それがあの緻密な年輪の渦のはじまりである筈だがどうしてそれは生れるのか。
年輪は時間の堅い凝縮。
いのちの象徴。
そのいのちから点点点点の花花たち。

けれどもどうしてそれは紅なのかどうして匂うのか。
どうして雪は。
紅梅のまわりに余計降りたい気持になるのか。
降って積もってそして晴れて紅梅の紅を鮮かにしたいのか。(そんな馬鹿な。)
けれどもどうしてごつごつの生命のはてに。
ひらく花花が紅なのかどうしてそれは匂うのか。

(詩集「原音」1977)