人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出29

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・3月19日(金)晴れ
「昨夜は床に入ってしばらく眠れなかった。あの男は凶悪なロシア人ボクサーどころじゃない。ほぼ確実に裏稼業の人間で、シャブ中でホームレスだ。この病院はアディクション専門精神病院でもあるが、身寄りのない精神患者の保護施設にもなっている。たとえばSくんは入院二年を宣告されているから、半年後に生保の家賃扶助を打ち切られたらこの病院に住民票を移すことになる。あのシャブ中の場合は今は一般精神病棟である第一(A棟とB棟がある)が満床で、入院してしばらくは半閉鎖病棟の第三で経過観察期間だが、あそこまできたら常識的には開放病棟は無理(注1)だろうから、アル中でも(注2)第二に移室してくることはないだろう」

「朝はさえきさーん、ごはんだよー、というAtさんの呼びかけで起きる(注3)。Atさんは脳溢血の手術の後早期退職した人の善い元おまわりさんで、病後の後遺症でほとんど舌がまわらない。昨日の入浴の時もすぐ後から入ってきて、なにか話があるらしくさえきさーん、さえきさーん、と言うのだが結局なんだかわからなかった(注4)。朝の会の抗酒剤服用のあいさつの日直当番でもえー、今朝は寒いですが、と話し始めて支離滅裂になり、看護婦の介添えでようやく、ではいただきます、とまとめた」

「朝食後の服薬に第三に行くと喫煙室にサテライト少年とT、ばあさんとシャブ中の四人(注5)が揃っていてやるせなかった。Stくんはナースステーションで包帯を替えてもらっていた。Kくんが何時退院?と訊くともう下で待機してます。素直で人の好い顔立ちをしているだけに、目の周りの隈が痛々しい。それでも退院の喜びでニコニコしていた」(この日続く)

(注1)常識の通じる病院ではなかった。
(注2)アル中ではなかったが誰も正式な診断名を知らなかった。薬物性慢性統合失調症様症状、だろうか。
(注3)第二ではKくんとの二人部屋ではなく、初老のAtさんとYnさんとの四人部屋で、お二人は穏やかで寡黙で理想的な同室者だった。
(注4)この後、Atさんからは退院前のレポート作成と代読を頼まれることになる(毎日日記をつけている姿を見て、元ライターだと人づてに知ったのだろう)。Atさんは翌年亡くなった。
(注5)サテライト少年は知恵遅れのHくん、Tとばあさんは妄想患者、シャブ中は前述の通り。最狂最悪。