人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出41

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・3月20日(土)晴れ
(前回から続く)
「Stくんの推測通りそんな噂が一人歩きしていたとしても、変化も刺激も少ない病棟内では珍しくないかもしれない。入院療養の退屈しのぎには新規入院患者の噂話くらいしかない。またはあの娘は初対面の印象で瞬時に妄想を作ってしまう陽気で社交的なタイプで、たまたま良い印象を持ってくれたのだろう。HAの相手かまわずの猛烈な社交性よりずっといい(注1)」

「Stくん(44歳)とは生活保護同士だから生計に関する話になり、先二年間と宣告されている入院中になんとか20万円貯めて民間アパートを探すそうだ。入院半年を越えると家賃扶助は打ち切られ、現在入居している市営住宅も退去になる。家電製品も全部処分されるから、毎月冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、テレビ、掃除機と一点ずつ揃えていく。離婚時に50万円をとりあえずの資本に、部屋と最小限の家具一式をすぐ揃えられて、再就職の努力はまったく実らなかったが精神科の診断でなんとか生活保護にぎりぎり間に合ったのを思い出すと、自分の場合同じ宿無しからのスタートでも二年後のStくんよりよほど恵まれていた。彼の覚悟には頭が上がらない(注2)」

「部屋に戻り、16時の点呼を挟んで16時半にキリのいいところまで日記を進め、浴室の込み具合は、と覗いてみるとFさんがやあ佐伯くん、頼まれた雑誌買ってきたよ。湯上がりにお釣の300円と一緒に受け取る。Fさんは気を効かせてくれてありがたい。コインランドリーは百円玉しか使えないので煙草を買いに出た時両替してもらうつもりだったのだが、Stくんと顔をあわせたので忘れてしまっていたのだ。KくんやSmくんに両替を頼まれたせいで百円玉以外の小銭ならやたらある。札は1万3000円。入院の時のタクシー代が痛かったが、荷物が大きい上に上着は邪魔だからセーター一枚、それで次のバスまで30分は待てなかった(ひどい下痢だったし)」

(注1)後にバスの時刻表を懇切に教えたのがきっかけでHAは「佐伯は私に気がある」「佐伯が私につきまとう」とどんどん妄想を膨らませていく、という事件が起こり、Kくんを始めとしてみんなが怒ってHAの件をナースステーションに訴える、という事態になった。あれには参った。
(注2)偏見の多いKくんはともかく、Mさんまでも彼を「気骨がない」と馬鹿にしていたのは理不尽だった。