人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

堀川正美詩集「太平洋」1964より

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この作品は以前にも紹介したことがあるが、定期的に再読したい一編といえる。この堀川正美(1931-)の第一詩集「太平洋」1964からの一篇は戦後現代詩屈指の傑作として揺ぎない評価を得ているが、現代詩に興味のない人にはさっぱり知られていない詩人だろう(ウィキペディアにすら載っていない)。だが詩の世界では圧倒的に尊敬されている詩人でもある。詩集「大平洋」はヴォリュームも内容も巨大なスケールを誇り、日本の現代詩でも孤立した巨峰といえる。この詩人は寡作で第二詩集「枯れる瑠璃玉」1970、第三詩集(全詩集)「堀川正美詩集」1978と詩論集「詩的想像力」1979の後は35年あまり沈黙を守っている。ハート・クレイン、ディラン・トマスなどの英米モダニズムの夭逝詩人に影響を受けた人だが、事実上、自らも詩的夭逝を選んだ人でもある。読者個々においては、外国語的(翻訳詩的、いわゆる欧文脈的)な比喩や文体が好悪や評価を分けるかもしれない。

『新鮮で苦しみおおい日々』

時代は感受性に運命をもたらす。
むきだしの純粋さがふたつに裂けてゆくとき
腕のながさよりもとおくから運命は
芯を一撃して決意をうながす。けれども
自分をつかいはたせるとき何がのこるだろう?

恐怖と愛はひとつのもの
だれがまいにちまいにちそれにむきあえるだろう。
精神と情事ははなればなれになる。
タブロオのなかに青空はひろがり
ガス・レンジにおかれた小鍋はぬれてつめたい。

時の締切まぎわでさえ
自分にであえるのはしあわせなやつだ。
さけべ、沈黙せよ。幽霊、おれの幽霊
してきたことの総和がおそいかかるとき
おまえもすこしぐらいは出血するか?

ちからをふるいおこしてエゴをささえ
おとろえてゆくことにあらがい
生きものの感受性をふかめてゆき
ぬれしぶく残酷と悲哀をみたすしかない。
だがどんな海へむかっているのか。

きりくちはかがやく、猥褻という言葉のすべすべの斜面で。
円熟する、自分の歳月をガラスのようにくだいて
わずかずつ円熟のへりを噛み切ってゆく。
死と冒険がまじりあって噴きこぼれるとき
かたくなな出発と帰還の小さな天秤はしずまる。
(思潮社・1964)