・3月30日(火)曇りのち晴れ
「いつもはまったくアルコール依存症とは関係ない方に逸れていってしまう院内ミーティングだが、困ったこと+飲酒だとなぜか隠れてお酒を飲んでいた頃の苦心談になったのは思いも寄らなかったが、本当に泥沼のアル中体験から出てきた話だけあって説得力があった。なんとか現在は断酒を続けている人たちではあるが、これほど飲酒からの牽引がまだ生々しく思い出せるからには、今もぎりぎりのところでこらえ続けているということだ。学習プログラムで教わった通り、断酒をしてもアルコール依存症自体は完治せず、再び飲酒への耽溺を防ぐためには『断酒中のアルコール依存症患者』であり続けるしかない」
「AAや断酒会の手慣れた話しぶりの人たちからの聴講会と違って、間近で訥々と体験談を聞く印象は段違いに強かった。この人たち自身が今日明日にもまた飲酒生活に戻ってしまうかもしれない危うさを自覚しているということ自体が、聴講会で来院する人たちの話しぶりとは違っていた。Mさんが言っていたように、結局断酒に成功した勝ち組の話ばかりなんだよな、というのとは、今回は違っていた。断酒はしている、だがそれはどこまでも勝ち負けの決らない不断の根くらべで、その相手は酒、かかっているのは自分自身の人生なのだ。それは自分の大切な人間関係も巻き添えにする。家庭も友人も仕事も、すべてだ」
「ソバージュの独身中年女性は今日で断酒XX日目になります、と始め、簡潔に自分の酒歴と飲酒による職場での問題、退職に至る経緯を話した後、家族からの言葉の暴力がつらい、Dm先生に相談しようと思っています。母には私のせいで父が認知症になった、介護が大変でお前など生れてこなければよかった、背中から包丁で刺し殺してやりたい、と言われる(弟からも)。家族にはまだアル中だった頃の自分への憎しみが消えていないので、病気を克服しようと断酒している自分を認めてくれない。…だいたいそんなところだった」
「時間が余ったので感想や質問(批判以外。答えなくてもよい)を自由に話すことになり、自分は一人暮しだが皆さんは、と訊く。ソバージュの女性は家族に責められると返って飲酒欲求が起るのでコーラと抗酒剤で抑えています、という。終了後他の人たちはすぐに帰ってしまったが彼女とはなんとなく待合室で雑談しようという雰囲気になる」(続く)