人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟入院記164

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(人名はすべて仮名です)
・4月8日(木)晴れ
(前回から続く)
「金田さんの声を聞き、ではと入浴用品持って廊下に出ると、三田さんがなにやら大慌てで金田さんに訴えている。ちょっと待ってよね。どうしたんですか。金田さんと三田さんが脱衣場に入ってセーラムとライターを持って出てくる。煙草は私のだけどライターは私のじゃないわ。金田さんと三田さんのやり取りから、三田さんのルイ・ヴィトンのシガレットケースがなくなった(ライターも)、第三病棟にいた時も盗難にあったらしい、と知る。とにかく脱衣場にあったのはこれだけよね、男の人入っていいわよ」

「ポーの詩を満艦飾で、全部の指に指輪をはめているような悪趣味だ、と評したのはハックスリーだが、三田さんはでっぷり太った満艦飾のマダムで、ハックスリーの皮肉を連想するほどこれでもかと装身具を身につけている。どう見ても賢そうには見えないし、高価な装身具など入院に持ってくるのがおかしい。それは譲っても、入浴中は自室の施錠できるロッカーに入れておくべきだろう。それほど迂濶な人なら盗難というのもあやしく、自分でどこかに置き忘れた可能性の方が高い。とにかく男性患者は関係ないので、では、といちばんに入る。みな考えは同じで次々入ってくる。夕食後はAA講演会があるから入りそびれたら困る」

「夕食前に論議になる。とにかく勝浦くんはこういうことがあると不快でたまらない。おれの布団に隠されて犯人と疑われることだってある、としきりに盗難、または紛失にあった本人にも病院側にも不満を述べ立てる。しまいには、女性の解錠前にも誰かの忘れ物はなかったのは看護婦が確認している、女性の入浴は金田さんが最後だった、つまり犯人は女だ」

「そんなこと詮索したって仕方ないじゃないか、本人だって気にしてない?様子だし、こんなことで揉めたり疑いあう方がおかしい。もう止めましょうよ、と滝口さん。勝浦くんも女性の言うことは聞く。しばらく静かだったが、先に食事を済ませた清水くんが来て勝浦くんと責めあっていて、恋人同士みたいですね、と滝口さん。というか、子供の喧嘩だよね。私の子供も友達とケンカするとこんな感じ。名誉毀損で訴える、と勝浦くん。それじゃおれが被告側の証人に立つよ、被害を被ったのは清水くんの方だった。いったいなにがあったんですか?」
(続く)