人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

『鎖を離れたプロメテ』アンドレ・ジッド(4)

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ノーベル文学賞作家アンドレ・ジッド(1869~1951)は生前に名声を存分に謳歌した人でした。日本でも第二次大戦前に同時に二社から翻訳版全集が刊行され、終戦間もない昭和20年代にも二種が刊行されています。しかし没後に出た角川書店版全集は全文業から三分の二程度を収めた選集で、10年ほど前に刊行された『アンドレ・ジッド代表作選』は若林真氏個人訳の力作ですが、小説だけを全五巻にまとめて分売不可、という発売方法でした。

ジッド生前最後の新潮社版全集が全16巻で、さらに全集未収録のエッセイや日記・書簡が晩年から没後にかけて10冊以上公刊されています。今年の初夏、筑摩書房で二宮正之個人訳『アンドレ・ジッド集成』の第一回配本が始まりましたが、予定巻数が全五巻の上に、全集配本のペースが遅いことでは定評ある同社ですから、10年がかりで完結した後、第二期・第三期として文学論・随想・紀行編、日記・書簡編などが続いて名実ともに全集たる規模を具えてほしいと期待がつのりますが、まずは創作作品の集成だけで世に問い、反響を見るしかないところまでジッドへの評価は後退しているということです。

世界文学全集の流行は出版用紙事情が良好になった昭和20年代末から始まりました。長い戦争の期間に蔵書を失った読者のニーズに応えるためです。次の流行は昭和40年前後~で、戦後に誕生のベビーブーマーが高等教育~成人の学齢に達した時期でした。第一次世界文学全集ブームではジッドは逝去間もない頃で、ジッドは一人一巻の待遇が当然の巨匠でした。
ですがほぼ10年後の第二次世界文学全集では、ジッドを単独の巻に据えたものは少なくなります。大概は、やや後輩でやはりノーベル文学賞カトリック作家フランソワ・モーリアックと抱きあわせの扱いを受けています。モーリアックはそれこそ『クレーヴの奥様』を起点とする正統的な古典派的心理小説の作家ですから、個人的業績よりもフランス文学の伝統を代表する文壇の長老として表彰されたとも言える人です。

ジッドの創作活動は、46年刊の『テーゼ』で終っており、晩年の五年間は没後を見越した遺稿の整理や長編インタビューによる自作回顧に当てられました。語り尽くされたかに見えるジッドだからこそ『プロメテ』のような無名の小品を先入観なしに読むのは面白いことなのです。