人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(33)

 ライナスは答えず、相変わらずリランのベッドに腰を下ろしたまま毛布をぶら下げていましたが、不自然な沈黙にはさすがにこらえかねたのか左手の手指の先を一本一本見較べると、やはりいつもの親指を舐めることに決めたようでした。この親指はライナスの指しゃぶり癖のためにこれまでに何度も姉ルーシーの怒りを買い、切り落とされたことも一度や二度では利きませんが、そのたびに再生してくるのはライナスのキャラクター属性と指しゃぶりが切り離せないからで、ルーシーが何度あの手この手で隠滅しても戻ってくる毛布と並んで一種の不滅性を備えていました。
 ライナスの場合は指しゃぶりのために左手の親指があり、それがライナスとともに生まれてきたものなのは疑うべくもありません。では毛布はといえば、これはライナスにとって胎盤の代用を勤めていることはパインクレストの世界では誰にとっても明らかでした。チャーリー・ブラウンが草野球に執着し、そのチームが常に連敗記録を更新しているのが社会的挫折の象徴であるのと同様に、チャーリーをめぐる小学生たちは何らかのシンボルであることを義務づけられているような世界、それがこのパインクレストです。シュローダーは芸術家であり、ピッグペンは失業者、フランクリンはやがてこの国初の黒人大統領になるでしょう。
 だったらぼくは何になるんだろう、とリラン・ヴァン=ペルトはわざとのろのろと着替えをしながらひとりごちました。ルーシーの弟でライナスの弟、姉や兄が果たしてきた役割からすれば、たぶんぼくはオマケのような存在でしかない。戸籍上ではぼくの名前はRerunとなっている。「またかよ!」とルーシーが言ってライナスがつけたという名前だ。ぼくはオーヴァーオールさえ着ていなければ兄と見分けがつかない。チャーリーがスヌーピーを譲ってくれないかと思っている。たまにチャーリーのチームでレフトを勤める。ぼくは1973年に最初から現在の年齢で生まれた。それまでは存在しなかった。だけど自分の存在に気づいた時には、ぼくはすでにそれまでの記憶を持っていた。
・植えつけられた記憶だ。
 たぶんぼくの存在はルーシーが姉貴ぶりますます増長すべく、ライナスが格好のつかない兄たるべく考案されたものなのだろう。だが今、ルーシーは臨終の床にあるといい、ライナスは妙に落ちつき払っている。
・罠のにおいがする。