人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(62)

 嵐の吹く暗い夜でした。だんだん春も近づいてきますねい、と泥棒のスティンキーは窓を開けると、広がる青空からつかみ出したかのように梅の枝先を少しだけ折って、ほら、桜ももうすぐですぜ。なるほど、もう春めいてほかほかした空気が外から入ってくるな、とヘムレン署長、きみのような泥棒にも私のようなおまわりにも春というのは平等に来るわけだ、この世に本質的には善悪の区別などはないという何よりの証拠だな。実にめでたいことだ、万歳三唱。いや、そこまで言うほどのことでは、とスティンキー、めっそうも畏れ多いですよ。しかしせっかくの良い日和だしね、とヘムレン署長、ひとつムーミンママに命令して、弁当でも作らせて橋の真ん中で酒盛りでもしようではないか。それを聞いて、台所でムーミンママの包丁がぎらり、と光りました。
 弁当も酒盛りも大いに結構ですが、とムーミンパパ、橋というのは中央広場から東に渡るあれですかな?他に橋があるかね?あの橋は毎年3月になると工事して、4月になると工事を止めるじゃないですか。そうだよ、年度予算の使い切りにはうってつけだからね。いったいちゃんと治しているのですか?そんなわけないだろう、工事しているふりだけなんだから。そんな橋で酒盛りして危なくはないんですか?いつ橋が落ちるかと思うとワクワクするではないか、と呵呵々とヘムレン署長は呵々大笑しました。せっかく近い橋があるのにみんな怖がって古い丸木橋しか使わん。あの橋で酒盛りするなら誰の迷惑にもならんさ。
 嵐の吹く暗い夜でした。チャーリーは再び歩き始めました。空の水筒がこんなに重いなんてどうかしてる、と彼は思いました。空の水筒を未練たらしくぶら下げている理由は、もし水を汲みおきできる機会があれば溜めておくそのためですが、飲み干してしまった後一度も水筒はそのような役にはたっていないのです。チャーリーの髪の薄い頭をカンカン照りの陽差しが灼熱に焼きあがらせました。辺りいちめんの荒野は陽差しを遮るものもなく、渇ききったその光景を目にするだけで、チャーリーは自分の眼までがまるで死人のように乾いていくような気になりました。
 嵐の吹く暗い夜でした。逃げるってどうやって、それにこの子は?連れて行くしかないだろう、置いていっても一旦かくまってしまった以上は、もう巻き込まれてしまったんだから。夜逃げのような慌ただしさだな、と私たちは支度を始めたのです。