その頃ムーミンは全身拘束具を科せられ手も足も出ない状況にありました。幸い横たわった姿勢で、四肢もなんとか伸ばせますので、拘束というよりは一種のサナギに包まれているような状態です。たぶんこれがナンバーキーなんだろうな、という数字の文字盤が手の触れる位置にありました。ムーミンは四桁を目安に何度か数字を入力し、エンターキーと思われるものを押してみましたが、見えないので仮に0から9の数字が回転式の表面に刻印されていたとして、10の四乗ですから一万通りの組み合わせがあることになり、暇つぶしにはもってこいですがあまりに単調ですから、さすがのムーミンでもこんなことは試みない方がまだましとすぐに諦めました。このナンバーキーが拘束解除だと決まったわけでもないのです。自爆スイッチだったらシャレになりません。
もっともムーミンがこの拘束具に拘束されるのは今回が初めてではなく、肉体ごとのすり替わりではなく精神交換で偽ムーミンとの入れ替わりを強要される時はいつもこの手口が使われました。強要といってもムーミンが言い負かされて従っているので任意でもあり、同時に二人のムーミンがうろうろしているのはまずいだろ?なるほどそれももっともで、こうしていなければ退屈で出歩きたくなるだろ?それもその通りなのでムーミンはおとなしく拘束、ただし肉体的には偽ムーミンの状態で拘束されていました。拘束されているのも退屈きわまりないことですが、精神交換の唯一の楽しみは同期している偽ムーミンの活動状況が情報としてのみわかることで、読めるだけでテレパシー会話まではできませんがムーミンは入れ替わった状態で偽ムーミンが見聞きしているすべてを識ることができました。
そしてムーミン本人は一切の刺激がない状態でいますから、皮肉なことにこの場合拘束されたムーミンが認識主体で、偽ムーミンは情報端末でしかないとも言えるのです。特に偽ムーミンが混乱した状況にあるほどムーミンは事態を冷静に判断できますから、今のフローレンはどうやら偽のフローレンになってまぎれ込んでようだな、と気づきました。それなら彼女にはきっと何か企みがあるんだ。現に彼女はこちらに向かってしきりに意味ありげな目配せを送っている。どうしようかと困っていると、ねえムーミン教えてよ、とフローレンはすぐ隣まで近寄ってきました。それともこう呼ばなくちゃ駄目かしら―-教えてよ偽ムーミン。