そもそもレストランとは何だろうか、とムーミンパパは問いかけました。てかそもそも、レストランの何たるかをすら知らないわれわれがレストランにおもむくことにいったい何の意義があるだろうか。もちろん私には皆さんに対してどのような強制力も有さないが、なぜわれわれがレストランに向かわなければならないかは個々の方がたに十分な理解を持っていただきたいと考える。いががですか?
きみの良いところは野心家であることを隠そうともしない率直さだが、とヘムル署長はひげをつまみ、そういう心配は私ら警察官に任せればよろしい。なぜなら谷の風紀は私の風紀でもあるからだ。きみの風紀ではない(とヘムル署長は言いました)、なぜなら--
なぜなら?
私は警察署長だから、とヘムル署長が答えると、少数とはいえ居間のあちこちから小さいブーイングが上がりました。それは今このムーミン家の居間のなかに、
・今ここにいる人
・今ここにいない人
--の両方が集まっていたからです。一見付和雷同の衆のようなムーミン谷の人びとにも、各自の意見が分かれる時だってあるのでした。例えばムーミンママならば、ムーミンママはムーミンパパの意見には表向きすべて賛成、内心はすべて反対という立場を固持していましたから、それが内海に面した谷の湿度を下げ、かつ寒冷地帯ならではの低い年間平均気温をもたらす原因でもありました。なぜならムーミン谷とは地質学的な存在ではなく、群生した多数のムーミントロールの集合意識が作り出した概念空間として出現したものだったからです。早い話が集団睡眠中のお化けの群れが見ている同じ夢、というと身も蓋もありませんが、この夢から出たり入ったりできる例外的存在が偽ムーミンといえば、それがいかにムーミン谷にとって異質な闖入者であるかはおのずからおわかりいただけると存じます。偽ムーミンの思考は出所が特定できないまま谷の秩序に混入するノイズでした。一例を上げれば、
--夏のしゃぶしゃぶもいいよね。
と突然割り込んでくる空気読まずの独白などがそうでした。もちろん谷の人びとも空気など読めませんが、読めないのと「読まない」のには歴然とした違いがあります。
そこに下男から(いるのです)異国からの従者が伝令を携えてきました、と報告がありました。お通しせよ、とムーミンパパは従者を迎え入れました。従者の伝令は開口一番に、
「プリンスが死にました」
第1章完。