人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(18)

 というのは、スノークには時たま熱弁をふるう癖があり、それは彼にとって相手に対する精一杯の誠意だったはずなのですが一向空回りするばかりで、誰の心にもさっぱり響かないのは何故だろう、としばしば悩みになって跳ね返ってくるばかりなのでした。これがたいへん精神衛生上良くないのは言うまでもないことで、どこかでこの負のスパイラルを断ち切る必要があるのは明白でした。
 要するにスノークの長広舌は雄弁な割に内容がなくつまらないので嫌われているのです。認めてしまえばそれだけのことですがこれは、もしスノークが認めてしまえば自分で自分の首を絞めるようなもので、損にせよ得(悪目立ち、というのも得のうちに数えるなら)にせよそれがスノークのキャラクターであるからにはどうしようもないことだったのです。
 だから君が悪いというわけではないのだ、とジャコウネズミ博士が言葉をかけると、ヘムレンさんもウンウンとうなずき、まあ口を閉じておくにしくはないがね、とつけ加えました。しゃべればしゃべるほど馬鹿に見えるのは気の毒だが、君とて大学を出ているほどの間抜けなのだから気づかないでもあるまい。
 しかし谷の方がたには啓蒙が必要です、とスノーク、それを怠っているのはこの谷きっての賢者であるあなた方ではないですか。文献によればわれわれトロールにも高度な文明が発達していた時代があったと言います……強制収容所とか原子力発電所とか。しかしトロールの歴史はそうした文明の成果をなんとなく手離してきてしまった。たぶん必要がないからという理由で、しかし必要を生むのもまた文明というものではないでしょうか?
 私か?反対だな、とムーミンパパは言いました。食前酒というからにはそれはツマミなしでイケる酒であるべきだ。さらにそれは私の美意識からしてもナイスミドルの風格を備えたものでなければならない。断固として黒ビールだ。もし黒ビールがあればだが。
 お前のメニューは私が選ぶからな、と左手首がスティンキーの右手首で手錠でつながったヘムル署長が言いました。なら署長さんのメニューはあっしが選んでいいんですかい、とスティンキー、法の下では人権は誰にでも等しくあるんですぜ。むむ、とヘムル署長、それはそうだが、お前さんに言われたくはないな。
 誰も私の苦悩を理解しない、とスノークは選ばれし者のような苦悩と恍惚にうっとりしました。それはそれで、いいかもしれない。