人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

2017年映画日記3月26日~31日/D・W・グリフィス(1875-1948)の後期作品(前)

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 アメリカ映画の父ことD・W・グリフィス(1875-1948)の長編作品は、今回取り上げる後期作品以前に、
『ベッスリアの女王(アッシリアの遠征)』 Judith of Bethulia (1914、長編第1作)
*『国民の創生』The Birth of a Nation (1915)
*『イントレランス』Intolerance: Love's Struggle Throughout the Ages (1916)
*『世界の心』Hearts of the World (1918)
『偉大なる愛』The Great Love (1918, 散佚作品 Lost Film)
『人類の春』The Greatest Thing in Life (1918, Lost Film)
*『幸福の谷』A Romance of Happy Valley (1919)
*『勇士の血』The Girl Who Stayed at Home (1919)
*『散り行く花』Broken Blossoms (1919)
*『スージーの真心』True Heart Susie (1919)
*『悪魔絶滅の日』Scarlet Days (1919)
*『大疑問』The Greatest Question (1919)
『渇仰の舞姫』The Idol Dancer (1920)
*『愛の花』The Love Flower (1920)
*『東への道』Way Down East (1920)
*『夢の街』Dream Street (1921)
 --がありました。*印の作品は以前にご紹介したものです。アメリカ映画の長編化は1913年から始まりましたが、歴史小説の映画化で3時間を超える『国民の創生』は当時のアメリカ映画で最長かつ最大のヒット作になりました。次作『イントレランス』は『国民の創生』の収益のすべてを注ぎ込んだグリフィス原案のオリジナル・シナリオ作品で『国民の創生』を超える長さに4つの時代の悲劇が同時進行する野心作でしたが、構成の実験性が不評を買った上にヒットしたにもかかわらず大予算の回収にはとうていおよばず大赤字になってしまいます。イギリスに招かれ第一次世界大戦プロパガンダ映画三部作(1918年)を撮るものの3作中『世界の心』しかフィルムが現存していないようにこれらも不評でしたが、帰国後の1919年には赤字補填のため小品メロドラマ6作(『幸福の谷』~『大疑問』)を監督して再び第一線に返り咲きます。この1919年の小品6作をグリフィス作品中もっとも優れたものとする評価もあります。1920年度作品3作中『渇仰の舞姫』は未見ですが『愛の花』はまあまあの小品、『東への道』はメロドラマの名作となりました。翌1921年の『夢の街』は1919年度の名作『散り行く花』の路線で19世紀末ロンドンを舞台にしたサスペンス風メロドラマですがこれは失敗作になり、同じ1921年には久しぶりの歴史ドラマ大作『嵐の孤児』が公開されます。以下、監督最終作までの長編をリストにすると、
*『嵐の孤児』Orphans of the Storm (1921)
*『恐怖の一夜』One Exciting Night (1922)
*『ホワイト・ローズ』The White Rose (1923)
*『アメリカ』America (1924)
『素晴らしい哉人生』Isn't Life Wonderful (1924)
*『曲馬団のサリー』Sally of the Sawdust (1925)
『竜巻』That Royle Girl (1925, Lost Film)
『サタンの嘆き』The Sorrows of Satan (1926)
「トプシーとエヴァ」Topsy and Eva (1927、日本未公開) (匿名作品 uncredited)
「愛の太鼓」Drums of Love (1928、日本未公開)
『男女の戦』The Battle of the Sexes (1928)
『心の歌』Lady of the Pavements (1929)
*『世界の英雄』Abraham Lincoln (1930、トーキー第1作)
「苦悶」The Struggle (1931、トーキー/監督最終作、日本未公開)
 --になります。1925年になっても 『竜巻』のように散佚作品になったり匿名作品を製作したり日本未公開作品になったりと後期グリフィスを取り巻く環境は厳しく、 「苦悶」の後には監督起用の依頼もなくなり失意のうち1948年に亡くなりました。業績の偉大さに反してあまりに全盛期が短く、不遇な晩年を送った映画監督でした。今回はこれら後期グリフィス作品から*印の作品を観てみました。

3月26日(水)
『嵐の孤児』(アメリカ'21)*150mins, B/W, Silent with Sound

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・グリフィス最後の名作とし、『国民の創生』『イントレランス』『散り行く花』『東への道』と合わせて5大傑作とする評者も多い大作。それも故なきとは言えず、児童作家による歴史伝奇ロマンを原作としながらフランス革命下に生き別れになった義理の少女姉妹の運命をフランス革命の政治劇と絡めて描く題材そのものが『国民の創生』以来のテーマを継承し、また主演にグリフィス映画最大のヒロイン、リリアン・ギッシュ(1893-1993)を実妹ドロシー・ギッシュ(前年1920年に大ヒットしたグリフィス製作、リリアン・ギッシュ唯一の監督作『亭主改造』Remodeling Her Husbandで初主演。同作は現在フィルム散佚 - Lost Film)とともに起用した最後の作品になったことでも記憶される。一方本作はフランス革命を描いて国際的大ヒット作になったドイツ映画『パッション』1919に触発されたともされ、同作の監督エルンスト・ルビッチのハリウッド招聘は翌年、またグリフィスの助監督から独立したドイツ人監督エリッヒ・フォン・シュトロハイムが『イントレランス』以上の大予算をかけたセンセーショナルな大作『愚なる妻』を大ヒットさせたのが同年で、グリフィスが急速に旧世代の監督と目される節目になった年でもあった。「グリフィス最後の」名作とは言い過ぎだと思うが記念碑的名作はやはり本作までになる。異なる原作小説に基づき舞台と時代は違うが、姉妹生き別れの歴史ロマン『カラー・パープル』1985(スティーヴン・スピルバーグ)が公開時に本作へのオマージュと話題になったのも思い出される。グリフィス映画は強いメッセージ性とヒューマニズムで賛否を分けるが、本作もメッセージとヒューマニズム歴史観に矛盾が満ちていて突っ込み所満載。だが150分間に注ぎ込まれたエネルギー量と密度、ヴォリューム感は映画史上最大級なのではないか。多くの人が最高傑作とするリリアン・ギッシュ主演の可憐な小品『散り行く花』よりもグリフィス映画の本領は断然『嵐の孤児』の大風呂敷ではないか。

3月27日(木)
『恐怖の一夜』('22)*108mins, B/W, Silent with Sound

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・大ロマンの後は軽い物を撮るのが『イントレランス』で痛い目を見た後のグリフィスで、本作も女流流行推理作家の原作によるサスペンス・コメディ。主演女優はこれまでも『勇士の血』『悪魔絶滅の日』『愛の花』『夢の街』と軽い作品の系列(つまりリリアン・ギッシュとたがい違い)でヒロインを勤めてきたキャロル・デンプシーが起用された。富豪の館のパーティーに招待されたデンプシーとその婚約者がパーティー中の2件の連続殺人事件に巻き込まれる話で、2回の殺人場面も出てくるのに(しかも固定ショットなのに)うまい構図で犯人がわからないのはさすが映画の父だけある。もっとも設定と物語からは犯人の見当はすぐにつくので原作小説のチョロさの見当がつくとともに登場人物たちの右往左往が見所で、それが本作のコメディ味になっている。話術としては前半1/4は字幕説明がくどいのが『悪魔絶滅の日』あたりから顕著になってきた欠点で、1920年代のサイレント映画の急速な洗練と逆行してグリフィスが古い映画監督とされた一因になっている。ただしクライマックス30~40分は例によってほとんど字幕なしに突き進んで稀代の映像作家の本領発揮、この映像術をほとんど独力で作り上げたグリフィスの天才をありありと示すとともに本作では大木まで吹き飛ぶ大嵐の中の広大な屋敷の庭内の追跡劇になり、これだけの雨と風を作り上げた1922年のハリウッドの技術力にも驚嘆するが、技術の蕩尽が笑いを呼ぶセンスはこれまでのグリフィスにはなかったもので、喜劇映画の長編化傾向(『チャップリンのキッド』『ロイドの水兵』が1921年、『キートンの恋愛三代記』が1923年)からの刺戟もあったかもしれない(『キートンの恋愛三代記』は『イントレランス』のパロディで、グリフィスの承諾を得たものと思われる)。デンプシーの明るいキャラクターはギッシュの可憐さほど際立った個性ではないが、自然体でコメディエンヌを演じる資質が演技の力量以上に好ましいながら、この時点ではレギュラー主演女優に抜擢した意図はなかったのは次作で判明する。
(以下次回)