人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2017年7月22日~24日/イングマール・ベルイマン(1918-2007)の'50年代作品(4)

  (『処女の泉』日本封切りポスター)

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 年代的には今回の3作は1960年に入りますが、'60年代のベルイマンの作風は'61年の第23作『鏡の中にある如く』に始まり、以降ベルイマンは監督デビューの'46年~'60年までに22作を送り出したように年間2作ペースを伴う多作を緩め、年1作~3年に2作程度に製作ペースを落ち着けます(それでも当時としても十分新人監督並みに多作ですが)。ベルイマン'50年代作品は第11作『シークレット・オブ・ウーマン(女たちの期待)』'52から第16作『夏の夢は三たび微笑む』'56までの前期と第17作『第七の封印』'57から今回の3作の掉尾を飾る第22作『悪魔の眼』'60までの後期に分けられると見てよく、前期でも異なる作風が見られるように後期最後の3作もそれぞれに題材と作風、手法に異なる趣向を凝らしたものになりました。なお今回の3作はいずれもベルイマンが専属契約を結んでいたスヴェンスク・フィルム社作品で、スタッフもスヴェンスク社での常連のグンナル・フィッシェル(撮影/スウェーデン映画では撮影監督が照明監督兼任)、エーリック・ノードグレーン(音楽)、P・A・ルンドグレーン(美術)によるものです。ただし『処女の泉』のみフィッシェルの都合がつかずスヴェン・ニイクヴェストが撮影を担当して見事な成果を上げ、さらにベルイマンが次作『悪魔の眼』製作中にフィッシェルにたびたび憤懣をぶつけて仲違いしたことから、次の『鏡の中にある如く』からカメラマンはニイクヴェストがレギュラーになり、ベルイマンの引退作品まで全作品を担当することになります。第20作『魔術師』'58はベルイマン原案・単独脚本、第21作『処女の泉』'60は第19作『女はそれを待っている』'58で起用された女流作家ウッラ・イーサクソン(1916-2000)が中世初期の伝承バラッドを原案に単独執筆した脚本で、ベルイマン映画ではベルイマン以外の手による単独脚本は第7作『渇望』'49、『女はそれを待っている』に続き、本格的にはこれが最後の外部脚本になりました。第22作『悪魔の眼』'60は映画会社側企画のコメディになりラジオドラマが原案のベルイマン脚本作品で、これも外部原作によるベルイマン脚本作品としてはベルイマン原案による脚本専門家との共同脚本作品の第26作『この女たちのすべてを語らないために』'64を除けば、'75年の第35作でモーツァルト原作の『魔笛』を唯一の例外として、以降の全作品はベルイマン自身の原案・脚本作品になります。一方でベルイマンは映画監督現役中もむしろスウェーデン国内有数の劇場の座付け演出家を本業として年間2~4本の古今の古典戯曲の上演していましたから、その創作意欲は驚嘆すべきものでした。

●7月22日(土)
『魔術師』Ansiktet (スウェーデン/スヴェンスク・フィルム'58)*97min, B/W, Standard ; 日本公開昭和50年(1975年)7月

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ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞・イタリア批評家賞受賞作。常連スタッフに加えて、キャスティングはベルイマン一座総出演の観がある。1946年、魔術師ヴォーグレル(マックス・フォン・シードウ)率いる一座が馬車でストックホルムに向かう。一座の馬車には馭者シムソン(ラーシュ・エーゲボルイ)を始めとして、ヴォーグレルの妻で男装の助手マンダ(イングリッド・テュリーン)、200歳を自称する魔女めいたフォーグラーの祖母(ナイマ・ヴィーウストランド)、聾唖のヴォーグレルに代わる司会者テューバル(オーケ・フリデル)、途中で拾われたアル中のホームレス老優スペーゲル(ベンクト・エーケロート)らが乗っていた。やがて首都の関門に着いた一行は検問委員会の調べを受けることになり領事エーゲルマン(エールランド・ユーセフソン)の館に拘束され、魔術師一座に敵意満々の警察署長スタルベック(トイヴォ・パヴロ)と医師ヴェルゲーレス(グンナル・ビョーンストランド)の立ち会いで翌朝の実演取り調べを受けることになる。夜半、シムソンは若い女中のサーラ(ビビ・アンディション)を口説き、エーゲルマン家の下男ルスタンはシムソンに嫉妬して追いかけ、テューバルは館の寡婦の料理女ソフィーナ(シーヴ・ルード)と結婚して落ち着く計画を立て、エーゲルマン家の御者アントンソン(オスカル・ユング)はヴォーグレルの祖母の占いで死を予言され、館の中を彷徨するスペーゲルは幽霊の出現と噂され、客間では4年前に娘を亡くして霊界に興味を抱く領事の妻オッティーリア(イェートルド・フリード)がヴォーグレルに寝室の鍵を渡し、後から来た夫をヴォーグレルと取り違えて夫婦喧嘩になり、また医師ヴェルゲーレスはマンダの男装を見抜き、ヴォーグレルのまやかしを暴いてやると息巻く。マンダはフランス巡業中、貴族からスウェーデン王室に一座を推挙すると約束されたとヴォーグレルに思い出させるが、ヴォーグレルは一笑に伏す。翌日、演目を実見審査すると称する領事や警察署長や医師の前で一座は魔術を披露する。警察署長は仕掛を隠した幕を外してヴォーグレルを嘲笑う。では今度は種も仕掛けもない魔術を、とヴォーグレルは警察署長の妻に催眠術をかけ夫への罵倒を洗いざらいしゃべらせ、さらにアントンソンを金縛りの目にあわせる。術が解けたアントンソンはヴォーグレルに襲いかかり、ヴォーグレルは倒れて動かなくなる。医師は死体を納屋に運ばせ検死解剖を行なおうとしたが、ペン皿の上のくり抜かれた眼球、卓上の血だらけの片腕に驚いて逃げ出して鼻眼鏡を落とし、床の上に這って探そうとするが、何者かが眼鏡を踏み潰す。慌てた医師が階段から転げ落ちると、眼の前に立っていたのは昨夜急死したスペーゲルの死体と入れ替わっていたヴォーグレル本人だった。演目の終了の後で無害だが市外追放を言い渡され、ヴォーグレルは先の演目の報酬を要求するが鼻であしらわれる。テューバルはソフィーナと結婚して残り、サーラはシムソンについて一座についてくることになり、貯金があるので隠居すると一座を離れた祖母は戸口でアントンソンが縊死しているのを発見する。雨の中で馬車が出発しようとしたその時空はやにわに晴れ、騎士の一団がストックホルムの王宮から到着し、ヴォーグレル魔術団に国王の御前で魔術を披露するようにとの下命を伝えて領事、警察署長、医師は憮然として馬車を見送る。お話だけでもややこしくなっているが『道化師の夜』と『夏の夜は三たび微笑む』を上手く足したような作品になっている。『第七の封印』の怖い死神役のベンクト・エーケロートがよれよれのアル中ホームレス役というのも冗談きついが、公開当時賛否両論かまびすしかったという割には今観ると面白い。魔術師ヴォーグレルは実際は聾唖ではないという仕組みもうまいタイミングで出てくるが、シリアス路線の役柄で観てきた芸達者な俳優たちが思い切り真面目な演技でコメディ路線に弾けているのが『第七の封印』や『野いちご』を通ってきただけあってさらに一癖ある面白さになっている。作風としては'50年代前半に戻っているから公開当時の批評家や観客の混乱もわかるような気がするものの、多作家の例に洩れずベルイマンフィルモグラフィーも一直線な発展ばかりではない。ヨーロッパ映画の喜劇というとこれという典型例を思いつかないが、アメリカ映画、たとえばこれをフランク・キャプラが作ったらと考えるとアメリカ映画は爆笑喜劇でもどこか理想主義で筋を通してもいるところがあって、アメリカ映画の理想主義とはつまるところ自由の一言に尽きると思い当たる。スウェーデン人の気風は知らないが、ベルイマン映画を観ると階級感覚に対する反抗的自由、というのは相当性根の腐った、または高邁な人物にもなく、階級意識についての無意識な従順さの点では現代の日本人と似通っているのではないかと思われる。つまり皇居に招かれて断る芸人なり文化人はほとんど考えられないのと本作のサゲは同じなので、大統領との面会を最高の名誉と本気で描くアメリカ映画はないだろう。保守性と伝統とは紙一重なのでアメリカ文化にはヨーロッパへのコンプレックスがあるが(伝統の断絶した日本にはアメリカ的な面とヨーロッパ的な面の両方が矛盾を孕んで混在しているが)、ベルイマン映画のアメリカでの高い評価はアメリカ人に受け入れやすいヨーロッパなのではないかと思う。映画の直接の感想から離れてしまったが、本作のナイマ・ヴィーウストランドの婆さん役は『夏の夜~』『野いちご』に続いてまたしても絶品の名演。この婆さんだけは世界中どこへ出しても必ずはまり役があるキャラクターだろう。

●7月23日(日)
『処女の泉』Jungfrukallan (スウェーデン/スヴェンスク・フィルム'60)*86min, B/W, Standard ; 日本公開昭和36年(1961年)3月

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カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞・アカデミー賞外国語映画賞受賞作。常連スタッフに脚本は女流作家ウッラ・イーサクソン(1916-2000)が中世初期の伝承バラッドを原案に単独執筆、本作でアメリカでのベルイマン評価も定着する。16世紀、スウェーデンの片田舎の集落の豪農の一人娘カーリン(ビルギッタ・ペッテション)は母が新調してくれた服を着て下女インゲリ(グンネル・リンドブロム)を連れて教会にローソクを捧げに行くことになった。インゲリは私生児の懐妊中で、美しく甘やかされた世間知らずのカーリンを憎んでおり、弁当に作ったサンドイッチにヒキガエルを挟む。二人は信心深い母マレタ(ビルギッタ・ヴァールベルイ)と父テーレ(マックス・フォン・シードウ)に見送られ馬に乗って出発する。教会までの道は長く、小川の小屋にさしかかり、インゲリは不吉な予感に襲われ使いは別の日にしようと言い出す。インゲリを待たせて一人先を急いだカーリンは、途中で聾唖と長身と少年の三人の羊飼いに出会う。彼らはカーリンからサンドイッチを分けてあげると聞いて喜び、カーリンを野原に誘う。一方インゲリは小屋番の不気味な老人を逃がれてカーリンの後を追かう。羊飼いたちのカーリンを見つめる目が次第に変わり、サンドイッチが落ちるとヒキガエルが飛び出してきて羊飼いたちは無言になる。身の危険を感じたカーリンが馬に乗ろうとすると、長身の男が邪魔をする。カーリンは長身の男に押さえられ聾唖の男に強姦される。すすり泣きながら立ちあがるカーリンを聾唖の男が後から撲殺し、目撃していたインゲリは恐怖で声も出ず現場を見つめ続ける。その日の夕暮は霙が降り、羊飼いの三人がテーレの家に夕飯を無心にやって来る。テーレは三人に食事を与えた。少年は食事が喉を通らず吐いてしまう。食後、長身の男がカーリンから強奪した衣服をマレタに買ってくれと頼む。衣服の血痕にすべてを察した彼女は厩に外から鍵をかけ、夫に事態を告げる。怒りに震えるテーレは三人を殺す決意をし、サウナ用に木の枝を摘み身を清めた後、不意をついて男たちを刺殺し、あどけない少年までも壁に投げ殺す。復讐を遂げたテーレは隠れていたインゲリを案内に、家内全員で現場に急いだ。無惨に変わり果てたカーリンを見て人々は沈黙する。テーレは神に呼びかけ、罪の許しを乞い、この土地に教会を建てると誓う。テーレがカリンを抱きあげるやいなや、遺体の場所からたちまち泉が湧き出し、人々は黙祷する。ベルイマン映画が宗教的、キリスト教文化的と何かと言われるのは『第七の封印』や本作のせいで、宗教的信仰やキリスト教というのはかなりの日本人にはアレルゲンとなっているらしくたかが映画にアレルギーを起こしてしまう人も多いらしい。ここで描かれているのは20世紀のスウェーデンから観ても絵空事の世界で、本作が直接影響を受けている黒澤明羅生門』'50や、『雨月物語』'53や『山椒大夫』'54の溝口健二が中世や近世の日本を写実的に描いたのではないのと同じことになる。ベルイマン本人は宮廷付牧師の子息だから宗教についてはあらゆる角度から見てきただろうが、映画から感じられるのは『第七の封印』や『処女の泉』では時代的様式性としてキリスト教が使われているに過ぎず、何ら教訓的でもなければメッセージはおろかテーマですらない、ということだろう。またもやアメリカ映画を引きあいに出せばハリウッド映画のホームドラマの方がよほど模範的クリスチャン・ホームを理想像に掲げている。ベルイマン作品で'60年代以降問題になってくるのは神や信仰ではなく神の不在や信仰の不可能性なのだが、映画に戻るとヒロインのカーリンがまずいけすかなく、インゲリの方がよほど生きたキャラクターになっている。父親の怒りはもっともだが殺人は報復としての私怨とはいえ聖書に照らしても許されず、これは日本で言う仇討ちで法治国家成立以前でないと成り立たない。つまり宗教映画というより西部劇の世界で、『第七の封印』が逃亡ものなら『処女の泉』はずばり復讐ものになる。同じ奇跡の泉ものならルルドの泉を描いた『聖処女』'43の方がよほど真正面の宗教映画で、ベルイマンがやっているようなことはハリウッドの西部劇やフィルム・ノワールではごく当たりまえにやっている。だがスウェーデン映画ならではのエキゾチシズムだけは外国の映画観客にはたまらない魅力になっているわけで、本作も底冷えするような、冷たいコップが汗をかくような感覚が割とどうでもいいような内容にもかかわらず忘れられない印象を残す。それだけで映画史上に残る名作あつかいされているのはやはり大したことなので、妙なアレルギー抜きに観ればオシャレなアート系白黒映画にだって観えてくる。宗教や文化、歴史について考え込むのはその後だって遅くない。

●7月24日(月)
『悪魔の眼』Djavulens oga (スウェーデン/スヴェンスク・フィルム'60)*86min, B/W, Standard ; 日本未公開(DVD発売2002年7月)

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・『処女の泉』の企画を採用する代わりに、映画会社から軽いコメディの撮影を交換条件とされたベルイマンが、デンマークのラジオドラマから見つけてきた原作を映画化した企画的バーター作品。映画はスーツ姿の解説者(グンナル・ビョーンストランド)の悪魔についての豆知識解説で始まる。その一例としてことわざの「処女は悪魔のものもらい」とは「貞潔な女性はめったにいない」という意味です、と解説者は前振りする。中小企業の社長室のようなオフィスにスーツ姿で不機嫌な顔の悪魔(スティーグ・イェレル)が登場する。暖炉の代わりに地獄の劫火が燃え、悪魔が手鏡を覗くと左目の下にものもらいができている。オフィスにロココな服装の部下、ロシュフコー伯爵(イェーオルイ・フンククヴィスト)とマリア・デ・マコパンザ侯爵(グンナル・シューベルイ)が報告にやって来る。調査によるとものもらいの原因は結婚間近の20歳の処女ブリット=マリ(ビビ・アンディション)であり、20歳で処女のみならずキスの経験すらないという。そこでブリット=マリを誘惑し、ものもらいの原因を取り除くために地獄に堕ちているドン・ジュアン(ヤール・クッレ)とその従者パブロ(ストゥーレ・ラーゲルヴァル)に命令が下る。ドン・ジュアンは相変わらず人妻と睦みあう夢に浸っていたが、文句を垂れつつパブロと現代の地上に下りる。通りかかった車が故障し、修理を手伝って村まで乗せてもらう。その自動車の男こそ村の牧師かつブリット=マリの父親(ニルス・ポッペ)で、早速ドン・ジュアンたちはブリット=マリの実家にお世話になる機会を得るがブリット=マリはなかなか手ごわく、かえって牧師夫人のレナータ(イェートルド・フリード)がパブロによろめいてしまう。悪魔は監視役にある時は黒猫、ある時は老僧侶に化ける老悪魔を送る。ついにドン・ジュアンはブリット=マリの唇を奪うが彼女を真剣に愛してしまったことで策略は失敗し、パブロとともに地獄へ戻されたのでした、と解説者が顔を出す。ものもらいが治らない悪魔はドン・ジュアンにブリット=マリの結婚式の生中継を観る刑罰を与えて苦しむドン・ジュアンとともに結婚式を観るが、結婚式が滞りなく終わると悪魔のものもらいは完治する。それはちょうどブリット=マリが夫にキスの経験を訊かれて「絶対ないわ」と嘘をついたからだった。かくしてことわざの正しさは実証されました、と解説者が懇切丁寧に解説を済ませて映画は終わる。あまりの他愛ない内容に撮影中にベルイマンがカメラマンのグンナル・フィッシェルと衝突し、第5作『愛欲の港』'48以来のフィッシェルとのコンビ解消になった作品だが、次作から組むカメラマンが『処女の泉』でフィッシェルのピンチヒッターで撮影を担当し、引退作の第40作『ファニーとアレクサンデル』'82、単発作(第41作)『リハーサルの後で』'84までコンビが続く名手スヴェン・ニイクヴィストだからキャリアの転換点で偶然カメラマンが交替したことになる。フェミニズムの国スウェーデンではこのシャレが滑って悪評の嵐になり、女性蔑視映画のベルイマンとして悪名を馳せ、ベルイマン本人も嫌った作品とされるがテーマ選択の失敗というより手抜きで作ったのが露骨に出た失敗だから作者本人も嫌いなのだろう。ベルイマン作品では13年目にして第22作になるが、手抜き加減ではここまでは断トツ、全作品の中でも最下位の部類に入るやっつけ仕事なのではないか。あらすじだけでもくだらなさは明瞭だと思うが、見どころのある映画にしようという意欲がどこからも感じられない。コメディを撮れとは会社命令かもしれないが原作ラジオドラマを見つけてきたのはベルイマン本人だというならどうにかしようと思わなかったのか。思わなかったみたいだ。本作を最後に(原案と脚本専門家との共同脚本作品『この女たちのすべてを語らないために』とモーツァルトの『魔笛』以外)第42作にして遺作『サラバンド』2003まで自作の完全映画オリジナル脚本を貫いたのは本作の一世一代の手抜き(ベルイマンは自作ワースト・ワンに第9作『それはここでは起こらない』'50を上げることが多いが)の償いというか、こういう作品もあるというか、たぶんベルイマンの関心はすでに'60年代劈頭の力作三部作構想『鏡の中にある如く』『冬の光』『沈黙』の3作に移っていて適当にこなした結果だろうが、これでも一応はDVD化されて日本盤も出た(がすぐ廃盤になった)のだから、ないよりはある方がましというだけが存在理由の作品があってもいいではないか。

*[ 原題の表記について ]スウェーデン語の母音のうちaには通常のaの他にauに発音の近いaとaeに近いaの3種類、oには通常のoの他にoeに発音の近い2種類があり、それぞれアクセント記号で表記されます。それらのアクセント記号は機種依存文字でブログの文字規格では再現できず、auやoeなどに置き換えると綴字が変わり検索に不便なので、不正確な表記ですがアクセント記号は割愛しました。ご了承ください。