人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

集成版『戦場のミッフィーちゃんと仲間たち』第四章

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 第四章。
 いけない、エゴサーチを済ませておかなくちゃ、とミッフィーちゃんははたと思い出しました。毎日の仕事の前にはそれを済ませておかないと、彼女は落ちつかないのです。ただし自分でやるのは面倒なので、職務上は部下である友人や妹にやらせるのはミッフィーちゃんもキティちゃんも同じでした。エゴサーチとは?

[エゴサーチ]
 エゴサーチ(egosearching)とは、インターネット上で、自分の本名やハンドルネーム、運営しているサイト名やブログ名で検索して自分自身の評価を確認する行為のことである。エゴサーフィン(egosurfing)ともいう。
(概要)
 自分の知らないところで個人情報が書かれていたり、また、誹謗・中傷されている場合があり、それを発見するためにも定期的にしておいたほうがいい行為とされる一方、インターネット依存症の症例の一つとされる。(日本語版ウィキペディアより)

 というものでございます。ある調査では、エゴサーチを行ったことのある6割弱の人が自分についての情報を発見した、とあります。ただし、エゴサーチをしようと思うほどインターネット環境に浸っている人であればそれだけ自分から自己の情報をたれ流している割合も高いわけで、風俗通いが多い男性ほど性病罹患率が高いのと事情は大差ありません。それはさておき、ミッフィーちゃんやキティちゃんがエゴサーチをやりだしたらどういうことになるか。膨大なヒット数の中から更新分、初出分をチェックするだけでも24時間寝ずの番で交替しながらこなしでもしなければ(それをしてでも)間に合わないくらいなので、ミッフィー部屋の仲間たちもキティちゃん部屋の仲間たちも適当に観ているふりだけで適当な報告をしてお茶をにごしていました。もしきちんと命令どおりにお嬢さまのエゴサーチを代行しようものなら、それこそネット依存症に拍車をかけかねないでしょう。時には上司に代わって怠けてあげるけらいも必要なのです。本当かよ。
 そういう具合にしてミッフィーちゃんたちは仲良くやっていましたし、これからも仲良くやっていく定めでした。たまには誰でも今ある自分以外の生き方に憧れたりするものですが、そう望めば望むほど自分以外の自分にはなれないと気づくのは人でもうさぎでも同じです。またはねこ、はたまたビーグル犬でも。もっともスヌーピーが本気で自分以外の存在になりたいなどと考えるとは思えませんが。


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 そんな具合に敵視している者どうしがだんだん似てくる現象はこんな休戦場でもあるもので、だんだんどころかチェブラーシカから見ればうさぎとこねこ以外にどう違うんだろう、というくらいにミッフィーちゃんとキティちゃんは似たり寄ったりに見えました。強いて言えば小市民度でしょうか?しかしチェブラーシカは小市民ぽさについては誇張されたイメージしか持っていないので、いじわるおばあさんのシャパクリャックさんに教わった知識しかありませんでした。シャパクリャックさんは若い頃はアメリカでスパイ活動をしていて、今ではFBIから、バットマンの自動車のタイヤをパンクさせ、バッグス・バニーのにんじんに農薬をかけて駄目にし、ミッキーマウスのしっぽに空き缶をゆわえつけた容疑で国際指名手配されて再入国できないのです。少なくとも本人はそう言って、毎週のようにチェブラーシカとわにのゲーナにミッフィーちゃんのお店から、やみ酒をたんまり買ってこさせるのでした。
 持ち帰りで、とチェブラーシカが空の一升瓶を1ダース、ゲーナが曳いてきた荷車から取り出すと、お家の人はよくめしあがるのね、とアギーは空き瓶をバーバラにリレーしながら不思議そうに言いました。チェブラーシカはお酒は飲むもんじゃないよ、とシャパクリャックおばあさんが言っているのを打ち明けてしまいそうになりましたが(飲むもんじゃないよ、闇で売ってボロ儲けするもんだよ)、あやういところで口外せずに済みました。ゲーナがくしゃみをしたからです。チェブラーシカは慣れっこですが、近くでわにがくしゃみをして黙りこまないいきものはいません。
 いつものように力のあるゲーナが荷車を曳き、チェブラーシカは足元を注意して小石をどけたり方向を示したりしながら帰り道につきました。もう一軒あるお店の前を通りかかると、あれは?犬小屋に見えるよ。犬小屋が二足歩行して見えるのは、どうやら底に穴があって、犬小屋をかぶった犬が歩いている様子でした。いっしょに数人の少年少女たちも歩いてきました。ぼくらには気づかないみたいだね、ゲーナはあの人たち知ってる?うむ、向こうの人たちだろうな。帝国主義の犬?今はそうは言わんのだよ、とゲーナはわにのにが笑いを浮かべ、彼らはこの店から出てきたな。われわれもあまり同じ店からばかり仕入れていると足がつくかもしれないな。そうかなあ、とひと見知りのチェブラーシカは思いました。


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 ところでなぜチェブラーシカがやみ酒を買いにここまで出向いてくるのかというと、チェブラーシカの住む町では未成年がお酒を買うと売ったお店も50万円以下の罰金に処せられるから売ってもらえないのです。なぜそんな罰則があるかというと、たばこ同様依存性が強いお酒は常に高い消費が見込めて高い税率でも売れるので安定した売り上げ税収が見込め、それには摂取によってトラブルをおこしやすい未成年者には販売を禁止して成年の飲酒人口を保つ必要があるためで、国家によるアルコール飲料や向精神効果のある薬物認可の独占化は国家に利益をもたらし、国家の利益=国民の利益という錯覚の浸透により経済の独占も人権の制限も、または人権の蹂躙さえ(他人事ならば)人民の支持を得る実例があります。誰しも法に不正はないと思うことで法により保護されている側にいると安心したくもあり、人民が国家にいつでも個人をひねり潰す強権を与えているのは、自分は蹂躙されない側にいる、と盲信しているからでもあります。
 そしてチェブラーシカがわざわざこの休戦地までやみ酒を買いに来るのは、ここがやみ物資特区だからと決まっていました。だいたいうちに来るお客さんは、とミッフィーちゃん、ワザとかかけひきとか、そうしたものがちょっと足りないわよね。持ち帰りの客は店内では飲んでいられない理由があるからで、当然店内価格も知りませんから、ミッフィーちゃんはアギーたちに持ち帰りの客に出す酒は水で薄めて、しかも店内価格よりも3倍あまりの売価で販売させていました。それでも気づいているのか気づかないのか、粗悪な水割りやみ酒を言い値で買っていくチェブラーシカらはいいカモでした。まったく、ありがたいカモでしたが(アギーたちは時たま罪悪感を抱くこともありましたが、うさぎだからすぐ忘れてしまうのです)、チェブラーシカとゲーナもシャパクリャクおばあさんにはさらに3倍に水で割り、差額をせしめているのです。でもシャパクリャクおばあさんは当然それには気づいていて、本来のアルコール度に濃縮してやみ市場で目玉の飛び出る値段で売りさばいていましたから、結局全員に利益がゆきわたることになります。シャパクリャクおばあさんから買った客だって業務用に使用、または転売してボロもうけしているに決まっているのですし、あからさまなねずみ講よりはやみ取引の限度に控えているだけ独占資本主義よりはましでした。


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 スヌーピーは戦場、正しくは休戦中の中立地帯の夜空を、犬小屋の屋根の上であお向けになりながらのんびり眺めました。夜空の星はきれいでした。ただし今はもう眠るためにコンタクトレンズを外しているのでひとつひとつの星のつぶを見分けることはできません。あれら星の光がここにいる自分とは数万年前を隔てて見えていると考えると、スヌーピーはなんだか気が遠くなりそうでした。スヌーピーは以前に較べればずっと謙虚になり、自己顕示欲も落ち着いてきたので、太陽系より広くまで自分の名声が届かなくても仕方ない、と思うようになってきました。たぶんエルヴィスよりはちょっと上、くらいでがまんしなければなりません。それでもスヌーピーは、あのネズミーランドにいる連中よりは自分のキャラクターはインテリジェントだという自信がありました。それについてはキティちゃんからも賛同を得ており、スヌーピーは本来ねこなど天敵のように思っていましたが自分の賛美者であれば別です。
 ウッドストックスヌーピーのお腹の上ですでに他愛もなく眠っていました。昼寝ならともかく、夜にはちゃんと木の枝につかまって寝ないと本能が低下してしまうと、普段はスヌーピーは夜にはお腹の上は禁じているのです。しかしうっかり眠りこませてしまったのを起こすのも悪いので、今夜は特別に許すことにしました。スヌーピーはといえば、閉所恐怖症なので犬小屋の屋根の上で寝ますが(雨の日は犬小屋ごとブラウン家の中に入れてもらいます)、鳥の足と同じように耳の筋肉が収縮するので犬小屋から落ちないのです。スヌーピーはまたぼんやり見える星ぼしにまなざしを向けて、今あの星の群れは昼なのだろうか、夜なのだろうか、それを自分は見分くることができるのだろうか、と思いました。
 もちろんそれはできます。スヌーピーになれないものはなく探偵王から射撃王、撃墜王から天才外科医、大預言者にして大作家、酒豪から性豪にだってなれるのですから、天才天文学者にだってその気になればなれるのです。ただ、天体の気象まで観測できるとなると世間はその才能をギャンブルや軍事戦略に悪用するでしょう。だからスヌーピーは能ある鷹のたとえ通りにあまたある才能を隠しているのです。
 ですがこの休戦地にいると、スヌーピーは無用な功名心に駆られるような気がしてくるのでした。いけないと思いつつ、何か自分が活躍できるような気がしてくるのです。


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 飲む・打つ・買うは当たり前の猛者どもが普段の客層なのはミッフィーちゃんのお店もハローキティのお店も事情は変わりませんでした。当然ミッフィーちゃんのディヴィジョン♯1もハローキティのディヴィジョン♯2もそれに見あったサーヴィスを提供していました。慰安施設、しかも戦地派遣といえば、いつの時代も売防法特区と決まっています。
 波のある売り上げに較べれば優遇された固定給(軍務の上に年金の加算も込み、従軍中は保険も負担されています)につられてミッフィーちゃんもハローキティも仲間を呼び寄せて酌婦となりましたが、仲間にはアイドルユニットみたいなものだから、と大嘘をついて引き込んだのでした。こうさぎ・こねことはいえ、友だちを騙してまで水商売に引きこんでいいのでしょうか、というと水商売を悪く言うようですが、問題は水商売だからではなく嘘勧誘したことにあります。もっともアイドルユニットだって広義の水商売ではありますし、キャバクラのショータイムなどを思えば水商売の方こそアイドルユニットの生みの親だと理屈はこねられないでもなく、それにミッフィーちゃんやハローキティの行くところミッフィー組、キティ組の構成員(と言うとヤクザみたいで怖いですが)は着いてこないわけにはいきません。
 そこで飲む・打つ・買うが目当てのお客さんを接客するわけですが、飲むのは客のおごりですから店の女の子は高いカクテルを頼んで、実はただのノン・アルコールのジュースをがぶかぶ飲んで売り上げを上げていました。打つ方は店内ではまずいので、バイヤーさんとお客さんは外で取り引きしてもらいます。買うというのについては、買うのはお客さんでお店は売る側です。売防法特区なのは休戦中とはいえ、ここは戦地には違いないからです。一応それなりに法的な抜け穴はあり、動物とは器物扱いですからたとえばスヌーピーを絞殺しても刑事罰では損壊罪・賠償金5ドルで済み、チャーリーが精神的苦痛の賠償を求めるには民事訴訟を起こさねばなりません。
 スヌーピーは別として、売る方はミッフィーやキティ自身は相手になれないので、電話一本で飛んでくる人間のアルバイトを多数抱えておりました。いわゆる女衒の役どころです。しかし彼女ら自身はそれに十分納得していませんでした。自分たちはなぜもっとセクシーと言われないのか、ミッフィーもキティも不満でした。そんなところまで二人は似ておりました。


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 きゃあ、とネネちゃんは頭に座布団をかぶって悲鳴を上げました。空襲警報だわ、早く荷物をまとめて避難の支度をしなきゃ。ほら、昨日の残り物をお弁当箱に詰めて。ぼくがやるの?とマサオくん。そうよ、パパとおじさんは荷物をまとめてるでしょ。ぼくたちのこと?と風間くん。ボー、とボーちゃん。オラがお弁当詰めてもいいゾ、としんちゃんがおしりに器用に箸をはさんでケツだけ星人の踊りを踊りながらカニ歩きしてきました。なによ!そうだよしんのすけ、汚いなあ。オラのおケツもお箸も汚くないゾ、としんちゃんは巧みに箸を開閉させながら風間くんの耳たぶをつまむと、おならをスーッと吹きかけました。ああああ……と風間くんは弱点の耳を攻められ、しかも強烈に臭いすかしっ屁にへなへなと座りこみました。
 ちょっとお、しんちゃん、真面目にやってよ!リアルおままごとにならないじゃない!とネネちゃんは怒りますが、男の子たちにしてみればネネちゃんのリアルおままごとにつきあわされるのとしんちゃんの悪ふざけにつきあうのでは大差ないのです。むしろネネちゃんにあれこれ指図され、そればかりか自分たちから気をきかせたリアクションをしなければならないリアルおままごとの方が面倒くさいと言えるでしょう。どちらがイノセントかといえば、オトナの真似をしてふざけたがるとはいえしんのすけがイノセントなのに疑いはありません。
 あっ、雪だゾ、としんのすけが言えば、今は夏なのに本当に雪は降っているのです。ネネちゃんが同じことを言ってもそれは単にリアルおままごとの中の設定です。あっ、雪だゾ。風間くんとマサオくんは空を見上げ、手のひらをかざしましたが、雪は降ってきませんでした。ホントだ、とボーちゃんが空を見上げると、ようやくみんなは自分たちに雪が降っているのに気づきました。戦場っていうのはいろんなことが起こるんだね、と風間くんは感慨ひとしおでした。積もるのかな、とマサオくん、ぼく冬の服持ってきてないよ。心配ない、とボーちゃん、雪が降っても夏は夏だから。そうかしらねえ、と不満げに、ネネちゃん。
 しんのすけ、いつまでも尻出してると風邪ひくぞ、と風間くん。おっ、常識あふれるオトナの発言ですナ。まだ5歳だよ、と風間くんが返すと、それはわかってるゾ、としんちゃんはズボンも脱がさずに風間くんの魔法少女もえPのパンツを抜き取っていました。しんのすけはその技を最近覚えたのです。


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 その夜ミッフィーちゃんはなかなか寝つけず、ハローキティの店をみんなで偵察にいったことからメラニーが急にお店を畳もうと言い出したことまでを、順番もばらばらに思い出していました。そうして思い出しているうちに、ハローキティの店の偵察もこれが初めてではなく、従って(それと因果関係があるのだとしたら)メラニーから水商売から足を洗おうと言われたのも最初ではないような気がしてきました。だってミッフィーちゃんはうさぎだし、うさぎは忘れっぽいからです。
 ぞうは決してものごとを忘れないといいますが、あれだけ図体もでかければそれもありかもしれません。でもミッフィーちゃんたちのようなこうさぎがいちいち記憶を貯めこんでいたら頭がはじけてしまいます。もしぞうのお客さんが来たら、とミッフィーちゃんは思い、さぞかしノリが合わないだろうとゾッとしました。ミッフィーたちののん気な接客に怒って暴れ出すかもしれません。暴れたぞうは店を見わたすと、まず気の弱いアギーを踏み殺します。アギーは一瞬何が起こったのか理解しようとして思いつくことを口にしようとしますが、ことばを発する前に踏み殺されてしまうのです。
 それからぞうはどしどしと歩いて来ると、くまのくせにうさぎのノリになじんでいるのん気なバーバラに腹を立てて踏み殺します。バーバラはきっとよくわからないまま圧死してしまうのですが、うっかりメラニーと目を合わせてしまったのが次の犠牲者を決めました。私の順なんておかしいわ、と思いながらメラニーは、ひょっとしたら残ったやつの陰謀かもしれない、と思います。でも残っているのはミッフィーとウインしかいません。
 違うわメラニー、とミッフィーは呼びかけようとしますが、間にあいません。ウインはカウンター席に、ミッフィーはカウンターの中にいました。この順序ならウインからだわ、とミッフィーのxの口が*になりました。ウインはいつも大概は冷静で、殺気立ったぞうが迫ってきても表情ひとつ変わりません。
 そしてウインがふっ、とミッフィーの方を向くと、ぞうもつられてミッフィーに向き直ります。えっ、と思う間もなくミッフィーの頭上にぞうの大きな足の裏がハンマーのようにふりかぶり、まさか自分がぞうに踏まれて死ぬなんて、仲間たちが次々先に殺られても実感もないまま、こんなの嫌ーっ!とミッフィーちゃんは思いました。こんなことを考えていては、寝つけません。


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 メデューサの髪は生きている蛇で、彼女の顔を見ると呪いで石に変えられてしまうといいますが、キティちゃんにはそんな恐ろしい髪は生えていませんでした。生えているのはねこのひげで(ねこだから女の子だってひげはあります)、そのひげの一本いっぽんは実は個体をなすワームなのでした。これら群棲するワームはいつもはありきたりな細さの、寄生しているねこの頭の幅に縮小していましたが、宿主の欲求を操作して獲物を捕らえるとストローほどの太さに膨張し、長さも数メートルまで自在に伸ばすことができるのです。
 このワームが分泌する体液は獲物にも宿主にも脳内のセロトニンなどを過剰に放出させ、精神に多幸感、他者との共有感などの変化をもたらし、その効果は3~4時間持続しますが、もっとも強いのは肉体的な快楽も高まる最初の1~2時間です。ワームが得る栄養はこの獲物が持続的なエクスタシーに陥っている状態での神経電流で、これはワーム単独ではできず、寄生する宿主と獲物をワームが中継することで得られます。ワームはそういう生物でした。
 ねこのひげは密集したものではなく比較的まばらなものですが、ワームは機能しない時にはマイクロファイバー並みに細くなれましたから数十尾ほどが絡みあって一本のひげになり、活動し始めるとキティちゃんの顔面全体からうねうねとしたワームの群れが広がり、獲物の咽喉や頸椎、口腔など効率の良い箇所に尖端をもぐり込ませるのでした。もちろん見ていて気持の良い光景ではありませんから普段はハローキティもお客さんと二階の部屋に引っ込んでやるのですが、ワームは宿主の精神状態を察知して自分の都合良く操作することもあります。訳あり風の女性客(がミッフィーちゃんたちだったわけですが)が出て行き、どうやら今日はふりの客が多いとわかるとワームは一斉にキティちゃんの頭にドーパミンを発生させました。それはジョータローのスタープラチナよりも、しんのすけのケツだけ星人の舞よりも、スヌーピーの盗塁よりも早かったのです。
 男性客全員が恍惚のあまりパンツに漏らしてへたりこみ、女性客と女性従業員は恐怖に凍りつきました。男性従業員、つまりダニエル・スターですが、ダニエルはカウンターにしゃがみこみながらみっともなく手淫して手っ取り早くわれに帰ると、これが店の繁盛につながっているとはいえ、違法ぎりぎりじゃないか、と心配でならない気分になりました。


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 どろぼうは警官を見ると角を曲がって逃げました。曲がり角の先は広大な荒野が開けており、そのあまりにとほうもない眺望のあまり、誰もが引き返してくる時のためのマーキングを素早く残していくのでした。しかし彼女はとっさにマーキングの手段を思いつかず、そのまま荒野に逃げて行っても戻り道に迷うばかりのはずで、引き返せない場所に迷いこんでしまっては魔にさらわれてしまうのと同じことです。すなわちどろぼうである彼女自身がロストになってしまうばかりか、そのロストにはファウンドの可能性もありませんでした。もう戻ってはこないと決まっている行方不明なら、それは死と変わりのない状態です。
 そこではどんな素質も才能も経験も、持ち物も意味をなしませんでしたから、誰もが生まれたままの姿に帰る場所とも言えました。つまりへその緒のつながったまま全身血まみれで、胎盤を引きずった姿でいるようなものです(哺乳類の場合ですが)。
 それで、盗られたものは何ですか?と警官は訊きました。泣きじゃくりながらハローキティは、リボンです、と返答しました。どんな?赤い蝶結びのリボンです、左の耳に結んでいたんです。正面から見て左、それとも右利き左利きのように、ご自分にとっての左ですか?こっちです、とキティちゃんは自分で自分の左耳をつまみました。たったそれだけの動作が、今のハローキティにとっては多大なストレスを引き起こしました。リボンを失ってしまった今、キティちゃんはあるべきキティではなく、双子の妹ミミィと同等か、またはリボンがない分それ以下(ミミィは右耳にリボンをつけていますから)の、単なるこねこにすぎないとすら言えるのです。ハローキティにとって左耳のリボンとはおしゃれ以上に深刻なアイディンティティのかかった装身具でした。また一般論ではありますが、個人的な不幸ほど他人にとってどうでもいいことはありません。
 ハローキティと消えたリボンの謎の噂は、すぐにミッフィーちゃんの店でも話題に上るようになりました。幸か不幸かミッフィーちゃんたちのお店のチラシを見たあの時のキティの店のお客さんたちが、ミッフィーちゃんのディヴィジョンにも出入りするようになったからです。幸はキティ・ディヴィジョンの噂話が筒抜けになってきたこと、不幸は逆にミッフィーのディヴィジョン事情がお客さんを介してキティ側にだだ漏れになっている可能性もある、ということでした。


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 やれやれじゃわい、とジャコウネズミ博士は大儀そうに立ち止まると、こういうところじゃ飲む・打つ・買うは当たり前、どころかそれをせなんでは出て行かされそうだな、と周囲に同意を求めました。どう思うかね、ヘムル署長?名指しですか、とヘムル署長は苦笑しながら、公人として私に言えるのは、法に従うは市民の義務だということですな。そして、とヘムル署長は、私が護っているのはムーミン谷の法です。ムーミン谷を一歩出れば、そこには別の土地の法があるだけです。トロールたちはざわめきました。ヘムル署長が言外に匂わす意味は明白だったからです。
 ですが署長、とスノーク。何かね?いや言ってみただけです、とスノークは本当に何も考えずに言いました。何でもいいから合いの手を入れるのがスノークのキャラクターだからです。スナフキンはずっと偽ムーミンの手を引いて歩いてきましたが、立ち止まってもまだ握っていた手をすっ、と放すと、考え深げに腕組みをしました。偽ムーミンスナフキンに肩を抱かれたり手を取られたりとスキンシップされるのには閉口していましたが(本物のムーミンとはそれがいつものことなのでしょう)、いざ手を放されると自分が偽ムーミンなのがバレたのだろうか、とドキドキしました。ムーミン谷で偽ムーミンが偽者だと気づいているのはおそらくスニフだけですが、臆病なスニフにはバラしたらどうなるか体で教えこんであるからまず大丈夫です。他の連中といえば、ムーミン谷の住民でありながらムーミンには本当のところ関心はなく、自分勝手に好き放題にしている不埒者ばかりでした。ムーミンパパ、ムーミンママにしてもそうです。お節介かけてくるミーなどは偽ムーミンを偽者と気づく知能はまずありえず、唯一恐怖の対象といえるのはフローレンでした。フローレンはムーミンのいいなずけとして、偽ムーミンの正体を見破れば即座に瞬殺する大義名分があるのです。
 または爪を一枚一枚剥がされてムーミンの居場所とこれまでの罪状(フローレンにとって)を苦痛の限界までもてあそばれながら自白させられるかもしれない。それもありでしょう。偽ムーミンが背筋の凍る思いでいると、大人たちはとにかく着いたんだから飯でも食おう、店は二軒あるから二手に分かれて較べてみるのはどうだ、と話していました。偽ムーミンは行く前から、片方はミッフィー、片方はハローキティの店と知っていました。
 第四章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第三部・初出2015年4月~8月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)