人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

吉増剛造詩集『黄金詩篇』昭和45年(1970年)より

吉増剛造詩集『黄金詩篇

昭和45年(1970年)3月・思潮社
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 現役詩人のなかで巨匠格にしてもっとも旺盛な活動を続けているのが吉増剛造(1939-・東京生れ)で、国際的評価も高く、もし次のノーベル文学賞が日本の詩人から選出されるなら最大の候補と目されている存在です。作風はシュルレアリスムビートニク、また先行する日本の戦後詩から強く影響を受けたものですが、数行でこの人とわかる独自の文体を持った詩人です。年間最優秀詩集に与えられる高見順賞の第1回を受賞し、吉増の声価を決定した第2詩集『黄金詩篇』(昭和45年=1970年3月・思潮社)から比較的短い詩篇をご紹介します。

「朝狂って」

 吉増剛造

ぼくは詩を書く
第一行目を書く
彫刻刀が、朝狂って、立ちあがる
それがぼくの正義だ!

朝焼けや乳房が美しいとはかぎらない
美が第一とはかぎらない
全音楽はウソッぱちだ!
ああ なによりも、花という、花を閉鎖して、転落することだ!

一九六六年九月二十四日朝
ぼくは親しい友人に手紙を書いた
原罪について
完全犯罪と知識の絶滅法について

アア コレワ
なんという、薄紅色の掌にころがる水滴
珈琲皿に映ル乳房ヨ!
転落デキナイヨー!
剣の上をツツッと走ったが、消えないぞ世界!

(詩集『黄金詩篇』より)

 この巻頭詩から、ほとんど中学生の作文のような無垢な稚拙さと空回りを恐れない大仰さがかもしだすユーモアには、それまでの日本の詩に滅多に見られなかった風通しの良さが感じられます。吉増剛造(第1詩集は『出発』昭和39年)、岡田隆彦(『われらのちから19』『史乃命』昭和38年)らはビートルズと同世代の、'60年代以降の詩の変質を実現したもっとも早い詩人でした。巻頭から二番目の作品も佳作です(この詩集は後半ほど長詩が増えます)。吉増は'70年代半ば以後ほとんど長篇詩、大冊の詩集まるごと1冊が長編詩なのも珍しくない詩人になるので、密度の高い初期の短詩はこの詩人を読み始めるのに好適です。

「燃える」

 吉増剛造

黄金の太刀が太陽を通過する
ああ
恒星面を通過する梨の花

風吹く
アジアの一地帯
魂は車輪となって、雲の上を走っている

ぼくの意志
それは盲ることだ
太陽とリンゴになることだ
似ることじゃない
乳房に、太陽に、リンゴに、紙に、ペンに、インクに、夢に! なることだ
凄い韻律になればいいのさ

今夜、きみ
スポーツ・カーに乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!

(詩集『黄金詩篇』より)

 以上の2篇はふたつでひと組でしょう。一種のメドレーとして詩集巻頭の2篇に配置されています。この詩人は'80年代の大作『オシリス、石の神』『螺旋歌』で大詩人の名を決定的にしますが、初期の短詩はキャッチャーで親しみやすいものです。