人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

バカ話(2・序説2)

前回は話題の途中でいきなり(続く)になってしまった。何も気を持たせようとしたのではなく、ブログ1回の文字量制限がそこまでだったのだ。1000文字というとペラ(200字詰)5枚だな、と最初は原稿用紙に書いてから載せた。携帯で清書すると1785バイト。でも直接携帯で書いて投稿すると1950バイトまではイケるのが判った。それ以上長いと書き直し(掲載できない文字列が、と跳ねられる事も最初はよくあった。表現を替えて意地でも載せた)。
なぜこんなくどい前置きを書くか。それはもう「バカ話」といういじわるヴィジターさん(失礼)からのリクエストを前に前回同様この記事の失敗も目に見えているからだ。失敗すると判っているものをどうしてほがらかに書けようか。フリーライター時代に接した幾多の編集者の顔を思い出す。彼らは企画が成功すれば自分の手柄、失敗すればライターの力量不足のせいにする。だからかなりぼくは狡猾な手段も使ってきた。たとえば…(略)

前回は大雑把かつ壮大に「ユーモア感覚と国民性」という話題を呈示して終っていたのだった。映画「タイタニック」のパニック・シーンで中国人観客が大爆笑するのはなぜか(村上春樹)?映画「殺しのドレス」のシャワー室の殺人シーンでアメリカ人観客が大爆笑するのはなぜか?(小林信彦)。
前者については村上春樹はごくあっさりと、災害の規模に対する感覚の違いではないか、と答えていた。「今年は洪水で20万人の死者が出ました」と平然と発表する国ですからね、と。穏当だと思うがややこの回答は皮相で、たとえばアメリカ人の災難など所詮他人事という見方もあるだろうし、中国人だって都市部と農村部、少数民族地帯ではまるで感覚が違うはずだ。
殺しのドレス」の方はやや込み入っている。アンジー・ディキンスン演じるニンフォマニア(色情狂)の中年女が行きずりの男とセックスする(場内はここで早くもクスクス笑い)。男が去った後中年女は独りでシャワーを浴びるのだが情事の余韻が残っていてマスターベイションになる。ここで場内大爆笑、そして彼女は侵入者に惨殺されてしまう。
なぜ大爆笑になるのか解らず小林信彦はNY滞在の長い友人に訊いてみた。「それは…アンジー・ディキンスンだからだよ」
それで合点がいった。「日本で言えば、さしずめ黒柳徹子といった処だろうか」(続く)