人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

吉田一穗『白鳥』

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吉田一穗(1898-1973)は北海道出身。1926年第一詩集「海の聖母」刊行。優雅で古典的な作風から出発した。
その後詩人は「故園の書」1930でアナーキズムに接近し、「稗子伝」1936で作風を確立、全詩集形態の「未来者」1948、「羅句薔薇」1950を経て「吉田一穗詩集」1952で決定稿に至る。戦時中に10年を費やした畢生の力作『白鳥』は、白鳥の北方回帰は古代には極地こそ緑地だった本能的記憶ではないか、という仮説に基づく。3行15連の全編をご紹介する。

1
掌に消える北斗の印。/…然れども開かねばならない、この内部の花は。/背後で漏沙(すなどけい)が零れる。
2
燈を点ける、竟には己れへ還るしかない孤独に。/野鴨が渡る。/水上は未だ凍っていた。
3
薪を割る。/雑草の村落は眠っている。/砂州(デルタ)が拡きく形成されつつあった。
4
石臼の下の蟋蟀。/マタイ伝第二章・一粒の干葡萄。/落日。
5
耕地は歩いて測った、古(いにしえ)の種を握って。/野の花花、謡う童女は孤り。/茜。
6
海の史前…/水鳥の卵を手に莞爾(にっこり)、萱傷なめながら、須佐之男のこの童子。/産砂で剣を鍛つ。
7
碧落を湛えて地下の精洌と噴きつらなる一滴の湖。/湖心に鉤を投げる。/白鳥は来るであろう、火環島弧の古の道を。
8
白い円の仮説。/硝子の子午線。/四次元落体。
9
波が喚いている。/無始の汀線に鴉の問がつづく。/砂の浸蝕…
10
無燈の船が入港る、北十字(キグヌス)を捜りながら。/磁極三〇度斜角の新しい座標系に、古代緑地の巨象が現れてくる。/紛したサンタ・マリア号の古い設計図。
11
未知から白鳥は来る。/日月や星が波くぐる真珠海市(かいやぐら)。/何処へ、我れてう自明の目眩…
12
時の鐘が蒼白い大気を顫わせる。/誰れも彼も還らない…/屋上に鳥の巣が壊れかかっている。
13
灯を消す、燐を放って夢のみが己れを支える。/枯蘆が騒めいている。/もう冬の星座がきていた。
14
ユークリッド星座。/同心円をめぐる人・獣・神の、我れの垂直に、氷触輪廻が軋んでゆく。/終夜、漂石が崩れる。
15
地に砂鉄あり、不断の泉湧く。/また白鳥は発つ!/雲は騰り、塩こごり成る、さわけ山河。
(「吉田一穗詩集」より)