人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

岡田隆彦詩集「史乃命」

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『史乃命』 岡田 隆彦

喚びかける よびいれる 入りこむ。
しの。
吃るおれ 人間がひとりの女に
こころの地平線を旋回して迫っていくとき、
ふくよかな、まとまらぬももいろの運動は
祖霊となって とうに
おれの囲繞からとほくにはみでていた。
あの集中した、いのちがあふれるとき、
官能の歪みをこえて、
おまえの血はおれを視た。世界をみた。しびれて
すこしくふるえる右、左の掌は
おれの天霧るうちでひらかれてある。
おれは今おそろしい、と思う。
飛びちらん この集中した弾みのちから!
(……)

抱きあって形ないしぐさをくりこむあとに
そっと息を吹きかけあう疲れの汗は、
数分、たれのものでもないお祈りで、
とてもたまらないほど排卵している。
いのちの記念や時の跡ではなく、
エナジーそのものでしかなく 史乃 おれ
の光をもらう倖せをひとっ跳び。
形にかたまらず 翔んでいるよ
さあ どんな方角へも動いていける。
欣喜雀躍の羽羽はまこと麗しくヒラヒラヒラ、
涙も溜いきもついていけない。だからこそ
女ひとはまたいつか死ぬるだろう。
その死は史乃の死か おれの死か
一体たれが区分けしてみせる?
あふれるおまえの赤い夜の川のなかで唯今、
唇たちに吸われて唯今 おれが 唯今
たしかに放らつだからこそ、ここに
おまえが唯今いるからこそ、
オッパイなんかあてどなく、
彫りおこそう クソッタレ
史乃命。しのいのち。

おれは豊穣な畏怖に祭られている おまえの流れとその淵を体現せしめるおれのちからの息吹腔からフッフッと 青そらを転がして還魂し そのうえ 飛天をくるしげに生み散らす。これはとほい秘めごとだ。
 (詩集「史乃命」1964より)

 なんと新鮮な。作者・岡田隆彦(1939-1997)は後にアルコール依存症で詩作も停滞するが(詩集「時に岸なし」1985にアルコール依存症の苦しみが描かれている。享年58歳)、史乃夫人に捧げた恋愛詩集「史乃命」は前作「われらのちから19」1963、次作「わが瞳」1972と並び日本の詩には珍しく肯定感と生のよろこびを斬新な文体で歌い上げた傑作。吉増剛造より早い。
 「ビートルズがやって来る!ヤア・ヤア・ヤア」と同年だと思うと日本の現代詩も大したものだと思う。