人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(8)フランツ・カフカ小品集

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今回はエッセイ的な3篇。
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『諦めが肝心』

朝早く、人影もない街を、私は駅へ向って歩いていた。時計を教会の塔の時計に合わせてみると思ったよりだいぶ遅いことが判ったので、道を急ぐことにした。ところが、時計の違いに気づいて気が動転してしまい、道が覚束なくなった。この町の地理にはまだ自信がなかった。幸い近くに警官の姿が見えたので駆けよって、息せききって道を訊ねた。警官はにっこり笑って言った。「私に道を聞こうというんですか」「そうなんです」と私は言った。「わからなくなってしまったものですから」「諦めなさい。諦めが肝心です」と警官は言い、ぐるりと向きを変えた。人が一人で笑おうとする時の仕草だった。
(遺稿集「ある戦いの描写」1936)
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『真説サンチョ・パンサ

サンチョ・パンサは、自分では鼻にかけてはいないが、長い間沢山の娯楽用騎士小説、盗賊小説の相手役を務めているうちに、悪魔から身をかわすことに成功した。悪魔は後にドン・キホーテなる名前を与えられたのだが、彼に身をかわされたおかげで、きまぐれな愚行を働いてはみたものの、サンチョ・パンサが演じるはずだった相手役がいないために誰にも無害な存在となった。自由人サンチョ・パンサは平静な態度でドン・キホーテの旅に従ったが、もしかするとある種の責任は感じていたのかもしれない。そして、主人の死に至るまで旅を大いに楽しみ、有効に利用したのだ。
(同)
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『プロメトイス

プロメトイスについて、四つの話が伝えられる。
第一の話では、彼が神々の秘密を人間に洩らしたために、コーカサスの岩に縛りつけられ、神々が遣わした鷲は日ごとに肥大する彼の肝臓を喰ったという。
第二の話では、プロメトイスは鷲に喰われる痛みに耐えかねて、だんだん深く岩の中へ体を沈め、遂に岩と一体になったという。
第三の話では、それから数千年の歳月が流れて、彼の裏切りは忘れられ、神々も、鷲も、彼自身もそれを忘れてしまったという。
第四の話では、この理不尽な事件にみんな飽きてしまい、神々も飽き、鷲も飽き、傷口も開きくたびれて閉じたという。
説明のつかない岩山だけが残った。-伝説は説明のつかないものを説明しようとする。だが伝説は真実を根底として生れるものだから、またもやわからず終いになるのだろう。
(同)