人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

闘病生活の始まり・前編(連作11)

(連作「ファミリー・アフェア」その11)

今にして思うと包丁をかざすほどMを追い詰めたのはぼくの干渉過剰だった、と痛切に感じる。ぼくにとってMは大切な友人だった。錯乱した時のMには躁鬱混合状態での統合失調樣症状が現れていた。他人のことはなんて明瞭に判別できるのだろう。
ぼくはどうなのか?もし幼児期までさかのぼるものとしても、障害者手帳2級に至る本格的な発症が離婚の3~5年前と推定されるのは、身体症状に証拠がある。具体的には歯の磨滅だ。ぼくは離婚成立前の別居期間に池上のウィークリー・マンションに仮住いしていたが、鬱のどん底で不眠と絶食が続きしょっちゅう歩行中に倒れていた。池上は大した町で、倒れるとすぐに警官が飛んでくるのだ(きっと物陰に潜んでいるのだろう)。
「大丈夫か?」
と警官。「お前、シンナーやってんな?」
なにを馬鹿な。だが誤解にも無理はない。ぼくは全歯が半分以下に磨り減っていた。まだ離婚の前に、近隣の歯科に相談して絶句された。

「こんなの見たことない」と歯科医。「ここまで進行するのに何年かかったんだろう?原因はたぶん歯ぎしり、胃液の逆流による溶解ですが…ご自分ではどうですか?」
「…歯ぎしりはわかりません。胃液は寝起きや空腹時に…ほぼ毎日、数回」(当時ぼくはほとんど固形物は食べられず、牛乳、豆腐、そうめん、バナナ程度を食べていた)。
歯科医師はぼくから視線をモニター画面に移して、言いづらそうに、
「これだけの状態から全部の歯を差し替えていくには2年から3年かかります。歯ぎしりがあると1本ずつ治しても壊れる恐れがあるから、ブリッジも必要になるし…すいませんが、全部を保健では割に合いません。美容込みで70万から200万かかります。ご家族と相談なさってください」

どうもありがとうございます、と健診料を払って帰宅した。そういえば(と洗濯物を取り込みながら考えた)長女に、
「パパ、寝てる時変な音がしているよ」
と何度か言われたことがある。妻と次女は熟睡型だったが、長女は風、鳥、虫の音でも、
「パパ、あれは何の音なの?」と寝つけないことがあった。
歯ぎしり?かえりみればおそらくパニック発作や喘息の発症と同時に始まったのに違いない。当時のぼくはこれらについてまるで知識がなかった。受診すべきかもわからないまま悪化させていったのだ。