人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

次女との短い通話・後編(連作28)

(連作「ファミリー・アフェア」その28)

やっぱりケーキ屋さんか、と次女が長女を呼びに行った間に苦笑した。長女の卒園式の発表は「お花屋さんかケーキ屋さん」だったが(もちろん「妹と」)「お花屋さんはやめた。虫が来るから」と考え直したのだ。次女もまだ「お姉ちゃんと」という歳なんだな。「おジャ魔女どれみ」の最終回を思い出した。主人公たちは魔女見習いを卒業するが魔女ではなく人間でいる方を選ぶ。主人公の妹は「お姉ちゃんがならないなら私もならない!」と言って泣くのだ。

そうか、それじゃ仕方ないね。お姉ちゃんにも伝えてね、お姉ちゃんとアヤちゃんはパパの宝物だよ。いつもママを応援してあげてね。いつもみんなで仲良くしてね。パパは病気を治すためにひとりで暮しているんだ。パパのことを思い出すことはある?
「写真を見れば思い出すけど、いつもはあんまり思い出さない」
そうか、それじゃママに替って、と頼み、
「もういいですか?」
ありがとう、と電話を切ってしばらくは剃刀で裂いた角膜から房水が溢れ出すように涙が止まらなかった。長女が母を気づかい電話に出ないのは仕方なかった。別居中は毎日、時間の感覚も失うほど泣いて暮した。もし再会が叶えば泣き崩れてしまうだろうと思った。もう別れて一年半、写真も財布に入れていただいぶ前のプリクラ一枚しかない。長女は六歳、次女は三歳、妻は…花柄のフレームの中で、この時は三人ともとても幸福そうに見えた。次女は姉のお下りのお気に入りのキティちゃんアロハを着てにっこり微笑んでいた。これだけでぼくには十分じゃないか。

数年来のパニック発作はこの頃から治まった。別れた妻とはしばらく必要な用事で連絡があったが娘たちとの会話の希望は取りあってくれなかった。「話さなくてもいいと言っています」。誕生日やクリスマスプレゼント、お年玉、年賀状…一度も返事はなかった。
市役所の法律相談で退役弁護士のY先生が「この人が最後だから」と広聴課の催促を蹴って倍の時間を割いて励ましてくれたのは嬉しかった。ぼくは既に自分から別居していたのだから、この条令の適用は本来ならおかしい。
「だが民事でも刑事でも有罪になってしまったからね…」と先生は気の毒そうに「お嬢さんたちが成人すれば…」
この人が国選なら無罪だっただろう。それだけでも慰めだった。