人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

病棟にて・昨日と同じ会話

これは総合病院のS病院の精神科病棟での話になる。

隔離室は、洋式便器とセンベイ蒲団しかない核シェルターみたいだった。他に例えれば銀行の地下金庫でもいい。こんな密室に閉じ込められ外から鍵をかけられれば、まともな人間ならおかしくなって当たり前だ。これを現実に即すれば、犯罪被疑者と精神疾患患者はまともな人間とは見なされない。留置場と拘置所では3か月半、これまでの入院では隔離室に計1か月の監禁に耐えたが、犯罪被疑者として突然の入獄に耐えるよりも、精神疾患患者として監禁される方がつらかった。しかしこれがこの病院で第一に受けなければならない「治療」なのだ。

ようやく病棟の四人部屋に移ると予想以上に長期入院の慢性化患者の高比率に驚く。病棟約40名男女半々、退院の見込みがありそうなのは4、5人か?…これも数日後には下降修正した。いいとこ2、3人だ。
ぼくは同じ病棟患者の接し方は上手かった。これまでの入院経験がモノをいう。たとえば猫背でワニ目で癖毛のHさん43歳。彼女は毎朝必ず「中西さん」とぼくを呼び止めて生年月日を訊き「レッド・ツェッペリンは好きですか?」ぼくがうなずくと満足そうに去っていく。これが退院まで毎日続いた。ぼくは佐伯なのだが。

また、初老でダンディ(院内指定の患者服を拒否、ネクタイやカフスボタンの自慢が多い)な、喫煙室の帝王(喫っていない時でも片時も廊下の喫煙室前を離れない)Uさん。滑舌が極端に悪い上に早口で、なにを言っているのか判らない。イントネーションで判別するしかない。「なるほど」「そうですか」「それは知りませんでした」だいたいこれで済む。
この、昨日と同じ会話を毎日交わすのは、比較的社交的な患者にはよくあった。内容はどうでもいいようなことだが、病状が慢性化した人にもコミュニケーション欲求があり、話し相手を求めているのだ。そして同じ話をする。

かつてぼくは娘の通う保育園でも園児の人気No.1パパだった。この人なら話を聞いてくれる、という雰囲気があるらしい。元ライターだった杵柄か、本当に他人の心に入り込む力があるのか。-いや、疑いを持たない人だけだろう、本当に心を許してくれるのは。
病棟では相手などいなくても一日中独白している人も多い。ほとんどがつぶやき型だが、男女ひとりずつ絶叫型がいて病棟の空気を重くしていた。それはまたの回で。