・4月9日(金)晴れ
(前回から続く)
「退屈でどこか不条理な療養環境では人はあえて他愛ない興味で正気を保とうとする。それは『魔の山』や『富士』のような小説でも描かれているし、また『死の家の記録』や『アンネの日記』『収容所群島』のような療養どころではない記録でも所々見られる。この夕食後の雑談もその意味では真剣な意味があったが、セーラームーンの話題が行き詰まると次は突然梅崎さんが、一昨日から来た中里さんはグラマーだと言い出した。入浴が重なったそうだ。私なんかえぐれてるわよ、と金田さん。私だって洗濯板よ。なら男湯の暴露もしましょう、男性患者の中に一人だけ胸毛の生えている人がいます、誰でしょう？これが滝口さんの笑いのツボを突いて爆笑、そこで今夜の就寝前薬の時間になり、解答は来週となる」
・4月10日(土)晴れ
「朝食前検温36.1c、脈拍数60、体重59.1kg(裸体)。朝刊訃報マルコム・マクラーレン、享年64歳(癌)8日逝去。特筆事項なしの土曜日。朝食ギリギリに起き、二度寝して朝の会を終え、コインランドリーで済ませた洗濯物をさっさと干しに行く。この病院は陸の孤島のさらに丘の上だから屋上からは-360度の見晴らしがある。ベンチに座っていると他の病棟の男性患者が片腕ごとの腕立て伏せや金網のフェンスに逆立ちしていて、思わず感嘆の声が出てしまった。体を鍛えてるんですよ、と逆立ちから戻った男は胸板の厚さといい肩から二の腕の太さといい、逆三角形の見本のようだ。朝から大したものを見せてもらった」
「それから今日は、眠ってばかりいた。掃除(略式)と食事と入浴だけ。23人中アルコールが17人、と坂部が尾崎さんに説明していたあと中里さんもデイルームに出てきて、この人もプログラムに出ていたから現在24人、正確に数えていないが3分の1の人が朝の会を済ませると週末の帰宅外泊練習をしているから病棟は閑散としている。昼食と掃除、洗濯物取り込みの時だけ起き出し、夕食は渥美さんに起される。食事もいつもよりてきぱき食べる。19時から『映画クレヨンしんちゃん・オタケベ！カスカベ王国の野望』(09年・シンエイ動画)放映があり、人も少ないし松本さんや梅崎さんも賛成で、就寝前薬までの時間にちょうど良く、昨年度のしんちゃん映画を二時間たっぷり楽しむ」
(続く)
