(人物名はすべて仮名です)
・5月18日(火)晴れ(明後日退院)
(前回より続く)
「こちらは別に警戒はしていなかったので閉めていたカーテンがいきなり引かれても慌てなかった。看護婦が入ってくれば気配でわかるし、だいいち無言で入ってきたりカーテンを開けたりするわけはない。万が一看護婦でもすいません、メール見てたんで返信はロビーに行きます、と言い逃れればいいだけだ。―顔を上げると、案の定昨日から同室の吉村くんだった。いつ見ても彼は怯えたウサギみたいな表情をしている。なにか用?と訊くと、あの、カーテン閉めているからなにか気に障ることでもしたのかと思って…」
「今きみがしていることが最高に気に障るよ、と言いたいのをこらえて、携帯電話の操作は病棟では禁止だろ、でもこれから掃除や午後のアルコール科プログラムがあるからロビーに出るのが面倒くさい、部屋で携帯いじっていると同じ部屋の人にも注意しなさい、と小言をくらうから、カーテン閉めてたんだ、バレても同じ部屋の人は知らないで済むからね。と、イライラしながらにこやかに説明する。仮にカーテン閉めて寝ていても吉村くんは声もかけずに覗きこんできただろう。現に今でも覗き見したこと自体はまったく失礼とも思っていない」
「結局掃除の時間になってしまったので、じゃこのことは忘れて、はい、とやりとりを済ませて病棟の掃除の采配をしながら、明後日退院なんだ、日記帳は普段はロッカーに入れて鍵をしめておこう、吉村くんなら他人の日記や携帯メールまで平気でびくびくしながら覗くぞ、と陰惨な気分になる。彼は一歳下なだけだがまだ10代末で発症して以来25年以上、毎年入退院を繰り返しているというし、平均入院期間も半年というから発症以降は人生の半分は入院生活で、ご家族が保護者でなければ一生精神病院だろう。ご家族ですら年間半年は入院させないと面倒みきれないのだ。精神的成長など25年間完全に止っているだろう。大人の男に対する接し方ではいけないのだ。未成年の病人だと思わなくてはならない」
「体育の授業はアルコール科だけだから日記はロッカーにしまいこむ。書く時以外は出すまい。入院最後の体育館授業なのでOTスタッフのお二人にあいさつ。ビーチバレーなどするのも人生これで最後かもしれないと思うと、せいぜい楽しんでおこうという気になる」
(続く)