人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ボブ・ディラン/考察・追憶のハイウェイ61Revisited(後)

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さて後編はきちんとこの歌詞をRevisited(再読)していきたいと思います。この歌は全五連が独立しており、相互に物語的な関連性はありません。全五連に共通するのは歌詞の末尾がハイウェイ61で締めくくられているだけです。いわばこの歌は、最初からナンセンス詩の形式を取っているのです。
一連目から旧約聖書の世界にハイウェイ61が出てきます。これは古事記に渋谷109が出てくるようなもので、稗田阿礼が疲れちゃたから続きはまたね、太安万侶がそれじゃいつもの渋谷109前で、というような調子なのが第一連です。つまりハイウェイ61はオチとして使われます。アブラハムユダヤ民族の父ですし、ディランの父上の名前も由緒正しきアブラハムだそうですが、アメリカ俗語的に原文ではエイブ呼ばわりされている。天皇を天ちゃんと呼ぶような不敬な愛称です。ちなみに神が生贄にせよと試したアブラハムの長男はイサク、今日の読み方ではアイザックで典型的なユダヤ名です。ディランの本名はロバート・ジンメマン、このジンメマンもユダヤ名の典型です。

第二連は比較的平易で、ヘミングウェイ的な簡潔な語り口で、放浪の貧窮ブルースマンの窮状をリアルながらコミカルに描きます。ここでのハイウェイ61はリアリズムのハイウェイです。ついでにこの曲の押韻構造を指摘すると、一連七行でAA,BB,CC,Dとなります。解説の後ご紹介する歌詞は原文がボブ・ディラン公式ウェブ・サイトより、訳詞が1976年統一規格再発売版の日本盤LP解説書によります。前回に拙訳を載せましたので、旧訳の誤訳はそちらで訂正できていると自負しています。

第三連は第一連の応用編で、現代のちんぴらスリと王政時代のフランス王の対話、というのがまず冗談で、スリが捨て場所に困っているのが40本のトリコロールの靴ひもと1000台の鳴らない電話、というのはジョン・レノンも書きそうなジョークでしょう。ちんぴらスリは無知なので三色旗の色と知らず、赤白青と並べたてています。ルイ王が思いつくハイウェイ61は巨大ゴミ捨て場です。このアルバムはディランのキャリアでももっともハードなブルース・ロックを満載しており、この曲ではパトカーの警笛まで鳴らして大騒ぎしています。

第四連はこの曲でこじつけをしないでは理解が難しい連で、十二夜とはクリスマスの祝いの最終日です。五番目の娘と七番目の息子というのは、五と七はユダヤ教では聖なる数字ですが、第七の息子というのは新約聖書ヨハネ黙示録第五章~第七章に出てくる巻物の封印の数で、ベルイマンの映画ではペストでしたが、第七の封印が解かれた時に未曽有の災禍を天使たちがもたらしてくるのです。第二の母というのは旧約聖書の異本(外典)にあるアダムの第二の妻とすれば、第二の母は第七の息子に悪の導きを施す(つまり疑似近親相姦)と思われ、原罪の発祥するその舞台がハイウェイ61となります。なんだか解読・エヴァンゲリオンの謎!みたいになってきましたが、ディランがユダヤ教プロテスタントを行ったり来たりしているユダヤ人であることを思えば聖書的解釈もさほどの無理にはならないでしょう。

ここまで神話的に拡張されてきたこの曲の最終連としては、第五連はややお手軽に思えます。このギャンブラーとプロモーターのやり取りは社会風刺フォークによくある寓話的なもので、ディラン1962年のセカンド・アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の『戦争の親玉』や『第3次世界大戦を語るブルース』などの反戦フォークと大差はありません。表現としては巧妙になり、直接的なプロテスト・ソングではなくなりました。「日向に外野席を建ててハイウェイ61を見物すればいい」とは、世界じゅうが戦火に包まれるのを宇宙から眺めていればいい、ということで、冷戦状況と人工衛星開発を背景にしたレトリックであり、ハイウェイ61は地球そのものを指すわけです。

以上の全五連を通じて、どこにもRevisitedを『追憶の~』と訳す根拠はありません。強いて言えば第五連を受けてハイウェイ61=地球が滅び去っていたら『追憶の~』という表現もあり得るでしょう。そんな理屈は筋違いで、この歌の面白みはハード・ドライヴィングなロックに載せて、どのヴァースもハイウェイ61というオチで終わるナンセンスなユーモアにあります。だからRevisitedは「またかよ!」といった意味です。ディランは自分で言って自分で(タイトルで)「またハイウェイ61かよ!(笑)」と突っ込んでいるわけです。

では原文と訳詞をご覧ください。内容は重複しますが、こちらにも多少の注釈を加えておきました。
"Highway 61 Revisited"
『追憶のハイウェイ61』片桐ユズル

Oh God said to Abraham, “Kill me a son”
Abe says, “Man, you must be puttin’ me on”
God say, “No.” Abe say, “What?”
God say, “You can do what you want Abe, but
The next time you see me comin’ you better run”
Well Abe says, “Where do you want this killin’ done?”
God says, “Out on Highway 61”
おお 神アブラハムにいわく「おれのために息子を殺せ」
アブラハムいうのに「そんなこといって おれをかつぐんだろう」
神いわく「ノー」アブラハムいわく「何と?」
神いわく「すきなようにするがよいさ
だがこんどおれを見たら逃げるがいいぞ」
ではアブラハムいうのに「どこで殺したらいいか」
神いわく「ハイウェイ61で」
(cf.『旧約聖書』「創世記」22章より、生贄に要求する神の話。アブラハム=エイブはディランの実父と同名)

Well Georgia Sam he had a bloody nose
Welfare Department they wouldn’t give him no clothes
He asked poor Howard where can I go
Howard said there’s only one place I know
Sam said tell me quick man I got to run
Ol’ Howard just pointed with his gun
And said that way down on Highway 61
ところでジョージア・サムは赤鼻だった
福祉局は彼に着物をくれなかった
彼はハワードにきいた「おれはどこへいったらよかろう」
ハワードはいった「一個所しかしらねえが」
サムはいった「はやくいってくれ おれはにげなくちゃならねえ」
オールド・ハワードはただ鉄砲でさして
いった「あっちへ行きな ハイウェイ61へ」
(cf.ジョージア・サムの人物像は貧窮と放浪の盲人ブルースマンブラインド・ウィリー・マクテルによる)

Well Mack the Finger said to Louie the King
I got forty red, white and blue shoestrings
And a thousand telephones that don’t ring
Do you know where I can get rid of these things
And Louie the King said let me think for a minute son
And he said yes I think it can be easily done
Just take everything down to Highway 61
ところで マック・ザ・フィンガーはルイ王にいった
「おれは四十本の赤白青の靴ひもと
鳴らない千の電話があるが
これらをすてられるところはないか」
するとルイ王は「ちょっとまってくれ
そうだ それはかんたんにできる
なんでももっていけ ハイウェイ61に」
(Cf.「マック・ザ・フィンガー」は「マック・ザ・ナイフ」のもじり。ちんぴらスリが王政時代のフランス王に相談する滑稽な設定)

Now the fifth daughter on the twelfth night
Told the first father that things weren’t right
My complexion she said is much too white
He said come here and step into the light, he says hmm you’re right
Let me tell the second mother this has been done
But the second mother was with the seventh son
And they were both out on Highway 61
そして十二夜に五番目の娘が
第一の父にいった「どうもよくない
わたしの顔色は白すぎる」
彼はいった「ここへきて明るいところへきてごらん フーム たしかにそうだ
第二の母にこれはすんだといってやろう」
だが第二の母は第七の息子といっしょで
ふたりとも ハイウェイ61にいた
(Cf.全編中もっともとらえどころのない連。娘と父の会話は逆の意味にも訳せる。近親相姦・一夫一婦制のタブーのない文化圏の光景にも読める)

Now the rovin’ gambler he was very bored
He was tryin’ to create a next world war
He found a promoter who nearly fell off the floor
He said I never engaged in this kind of thing before
But yes I think it can be very easily done
We’ll just put some bleachers out in the sun
And have it on Highway 61
そして さすらいのギャンブラーはとてもたいくつして
次の世界大戦をつくろうとしていた
そしてプロモーターをみつけたが かれはほとんど床からおちるところだった
彼がいった「こんなことをするのははじめてだが
きっとすごくかんたんにできるとおもう
ただ日向に外野席をぶったてればいいんだ ハイウェイ61に」
(Cf.最終連で第三次世界大戦のイメージが現れ、これまでの四連の冗談めかした閉塞感のイメージを逆転させてまとめあげる)
(Cf.はアメリカ版ウィキペディアの注解による。原詞はボブ・ディラン公式ホームページ、訳詞はアナログ盤時代の日本盤ブックレットによった)
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