人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2018年12月7日~9日/初期短編(エッサネイ社)時代のチャップリン(3)

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 エッサネイ社作品第3作の2巻もの「チャップリンの拳闘(The Champion)」('15年3月11日公開)で前作「アルコール夜通し転宅(A Night Out)」(2月15日公開)に泥酔したチャップリンに絡まれる夫婦の妻役で出演していた新人女優エドナ・パーヴィアンス(1895-1958)を初めてヒロイン役に起用したチャップリンは、レギュラー・ヒロインとしてのパーヴィアンスをアピールするかのようにキーストン社時代後半とさほど変わらないハイペースでいずれも1巻ものの第4作「アルコール先生公園の巻(In the Park)」(3月18日公開)、第5作「チャップリンの駈落(A Jitney Elopement)」(4月1日公開) 、第6作「チャップリンの失恋(The Tramp)」(4月11日公開)とパーヴィアンスをロマンス相手に押し出したコメディ短編を連発し、1巻ものは今回ご紹介するエッサネイ社第7作「アルコール先生海水浴の巻(By the Sea)」(4月29日公開) で終わりになります。チャップリンが再び新作を発表したのは映画デビュー以来初めて2か月近くを空けた第8作「チャップリンのお仕事(Work)」(6月21日公開)となり、チャップリンは'15年2月からのエッサネイ社との契約で1年14編の製作を結んでいましたから、第8作以降は'15年いっぱいまでチャップリンは月1作のペースで毎回趣向を変え充実した作品作りに移ることができました。'15年12月のあとの契約本数分の新作は'15年4月、5月、8月と公開されましたが、これはチャップリンが'16年にミューチュアル社に移籍が決まり、ミューチュアル社での移籍後の新作公開に併せてエッサネイ社が公開を遅らせたものと推定されます。
 さて、「チャップリンの拳闘」が初めてのパーヴィアンスのヒロイン作なら、「アルコール先生公園の巻」は改めてパーヴィアンスを紹介しチャップリンとの出会いを描き、「チャップリンの駈落」はパーヴィアンスとのハッピーエンドのロマンス作で、「チャップリンの失恋」はタイトル通りのパーヴィアンスへの失恋ロマンス作でした。チャップリン映画はもちろんコメディですが、パーヴィアンスをヒロインに得てロマンス風味の情緒とドラマ性を持ちこんだのが1巻ものの3連作で、配役や設定こそ作品ごとに違いますが出会い、成就、失恋と、これは明らかに意図的に恋愛の3段階を描き分けたチャップリン=パーヴィアンス映画だったと言えます。しかしチャップリンにはもっと攻撃的なまでに辛辣で皮肉な風刺コメディの系列もあるので、今回のチャップリン作品3短編はパーヴィアンスが助演にレギュラー出演こそすれ、チャップリン映画の攻撃性の方に狙いを絞った風刺コメディ作品になっています。当然この様変わりも観客へのインパクトを狙ったチャップリンの戦略だったと思われるのです。

●12月7日(金)
アルコール先生海水浴の巻」By the Sea (Essaney'15.Apr.29)*15min, B/W, Silent : https://youtu.be/-Yfn2yZYPVo

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 エッサネイ社でのチャップリン作品は2月公開の第1作「チャップリンの役者」を撮影したシカゴの撮影所がさんざんな極寒だったためすぐに撮影地の移動が決められ、第2作「アルコール夜通し転宅」から前作の第6作「チャップリンの失恋」までカリフォルニア州ナイルズのエッサネイ社撮影所で製作されていましたが、本作「アルコール先生海水浴の巻」ではハリウッドのマジェスティック撮影所を借りて撮影されました。まず映画は海辺の夫婦喧嘩から始まります。字幕タイトル「Wife's away.」。ヒゲ男のビリー・アームストロングがかみさんのマギー・レイジャーに平手打ちをされ、アームストロングは海を背景にしたテラスの柱の前で茫然とします。アームストロングは女房を追いますが、ひと息ついた時に通りかかったチャップリンともども帽子を吹き飛ばされ、帽子の取り違えをめぐるギャグの寸劇になります。邦題と違って本作は海に面した公園が舞台で、これも撮影所も地の利を生かしたのでしょう。チャップリンとアームストロングはアイスクリーム屋台で和解を図り、これまたアイスクリームの押しつけあいでひと揉めします。別のベンチでは太った紳士のブド・ジャミソンがエドナ・パーヴィアンスを口説いています。アームストロングに愛想をつかした女房のレイジャーはすっかり意気投合した様子のパーヴィアンスとジャミソンのベンチに座って、ジャミソンを間にはさんでパーヴィアンスと世間話を始め、両手に花の状態のジャミソンはご機嫌です。それが気にくわないアームストロングはジャミソンに殴りこみをかけようとし、威勢を借ってチャップリンが先制攻撃を仕掛けます。止めようとするパーヴィアンス、けしかけるレイジャーと女たちもかしましく警官の登場で乱闘は収まり、5人がひとつのベンチに腰かけようとして最後に座った巨漢のジャミソンにベンチはひっくり返って、エンドマーク。いかにも1巻ものらしい一幕劇的なコントで、ここでは風刺はまだお手やわらかです。パーヴィアンスにコメディエンヌ役を慣れさせるための助走みたいなものでしょう。ただしキーストン社時代の1巻ものより人間模様を描く手腕は各段にきめ細かいものなのが、この小品でもわかります。

●12月8日(土)
チャップリンのお仕事(義侠)」Work (Essaney'15.Jun.21)*28min, B/W, Silent : https://youtu.be/44vhB-5VwAY

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 再び2巻ものに戻って映画デビュー以来の2か月弱の間隔を空け、次の「チャップリンのお仕事(義侠)」はまたまた撮影所がロサンゼルスの邸宅を改造したバッドベリー撮影所に撮影場所が変わります。短編は冒頭から「The Ford Family lived in a two-passenger form fitting home at the corner of Easy Street and Hard Luck Avenue.」(フォード家はハードラック街イージー通りの二間の家に住んでいた)と、ハードラック街(ツイてない街)やイージー通り(適当通り)、二間の家(つまり「狭い」)と、いきなり嘲るような字幕タイトルで始まります。ビリー・アームストロングとマルタ・ゴールデンの夫婦もブルジョワ然としたもので、夫人は愛人のレオ・ホワイトをこっそり出入りさせており、エドナ・パーヴィアンスがメイドを勤める(二間なのに!)その家に、チャップリンに鞭を叩いていばりくさった親方のチャールズ・インスレーと山のような大工道具を積んだ大八車を引っ張って、チャップリンが勾配45度もあろうかという坂を上がってきて、市電のレールに足を取られあわや轢かれそうになったりしながら、ようやく到着します。本作は左官屋のぶち壊しギャグといった、のちにローレル&ハーディが得意芸にする趣向のもの(ローレル&ハーディは「壊し屋」専門のコンビになりました)ですが、キーストン社時代の楽天的なばか騒ぎ的なものでも、前作「アルコール先生海水浴の巻」やエッサネイ社第2作「アルコール夜通し転宅」のような微温的なものでもなく、大した家でもないのにブルジョワ臭さがぷんぷん臭う、そうした傲慢な市民階級への辛辣な皮肉を堂々と表明しています。のちのトーキー時代のマルクス兄弟はともかく、サイレント時代のコメディアンで皮肉の域を越えてチャップリンほど痛烈にブルジョワ憎悪を露わにした俳優はなく、その憎悪の強さはサイレント時代ではエリッヒ・フォン・シュトロハイムくらいしか匹敵する監督兼俳優・脚本家が見いだせないほどです。家に着いた左官屋コンビは親方はちっとも働かずチャップリンに命令するばかりで、チャップリンは壁板の交換や塗り替えにヘマばかりやらかします。家の夫人が入ってきて露骨にチャップリンの前で金品を金庫にしまうので、チャップリンも懐中時計を改めてポケットをクリップで留めます。チャップリンは卓上の裸婦人形が気になって仕方なく、何度も作業中に手にしたり後ろ向きにしたり人形の台座で煙草のマッチに火を点けたりしますが、ランプシェードを被せてようやく納得、すかさず「The Hypocrite(偽善者)」と字幕が入ります。ちょっと一般的なチャップリンのイメージと違うシニカルなギャグですが、チャップリンは自分自身も風刺の対象にしているので、メイドのパーヴィアンスの愚痴を聞きご機嫌をとるのも好色の表れとして描いています。やがて親方も巻きこみ大工ならぬ壊し屋作業が進行した頃、夫人の愛人がやってきて亭主在宅にもかかわらずいちゃつき始め、それを見つけた亭主はピストルを乱射して家は天井ごと崩れ落ちます。全員が瓦礫の下に埋まり、チャップリンは戸棚の扉から顔を出してやれやれといった表情で再び扉の下に頭を引っ込めて、エンドマーク。本作もまた入念なシナリオとリハーサル、再三のリテイク(最高50テイク!)によって作られた周密さをうかがわせるもので、パーヴィアンスの出番は痛烈な皮肉の緩衝材の役割といったところです。

●12月9日(日)
チャップリンの女装(女優)」A Woman (Essaney'15.Jul.12)*26min, B/W, Silent : https://youtu.be/eZH6iM7qDSg

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 さらに前作の路線がエスカレートした「チャップリンの女装(女優)」は「A Happy Family.」とタイトル字幕から始まりますが、映るのはベンチで横並びにもたれて居眠りしているくたびれきった中年夫婦と娘の3人の顔をアップでパンしていくショットです。娘は言うまでもなくエドナ・パーヴィアンスで、父親役はチャールズ・インスレー、母親役はマルタ・ゴールデン、マギー・レンジャーが父親が惹かれる公園の女、ビリー・アームストロングが母親の愛人役のプレイボーイで、レオ・ホワイトはその仲間役です。父親は公園の女を口説こうとして妻と娘にそっぽを向かれ、追いすがる父親を通りかかったチャップリンが池に突き落とします。感謝した妻と娘はチャップリンを家に招待しますが、そこに妻の愛人のアームストロングが訪ねてきてチャップリンは逃げ回るはめになり、さらに亭主も帰ってきてアームストロングとチャップリンをピストルを乱射して追い回します。娘の部屋に逃げこんだチャップリンは切羽詰まってヒロインのタンスから衣類を探し出して女物の衣装に着替え、チャップリンをさがして部屋に来たヒロインは「ヒゲを剃れば完璧よ!」と加勢します。チャップリンのヒゲは当然演技用のつけヒゲなので(ヒゲのない素のチャップリンは老年の『ライムライト』'52、『ニューヨークの王様』'57、『伯爵夫人』'66で観られますが)、ヒゲを剃って抜群の演技力で女性らしい身のこなしをしたチャップリンは26歳(!)の実年齢の両性具有的な若々しさを感じさせます。「大学の同級生よ」と父親に紹介されたチャップリンはパーヴィアンスが席を外すやいなや父親に熱心に口説かれ、たじたじとしているうちにスカートが脱げてしまいます。あの公園の男だとバレたチャップリンは父親に叩き出されますが、こっそり家から逃げ出そうとしていたアームストロングとばったりはち合わせ、アームストロングを突きださない代わりにズボンをせしめて、エンドマーク。本作も2巻の尺に無駄のない緊密な作りに磨きがきっており、月1作の製作ペースで望める最上の出来になっています。また「チャップリンのお仕事」とこの「チャップリンの女装」のテーマの連続性は題材や設定、配役の類似からも明らかでしょう。二組のカップル、三角関係の喜劇。それが一見穏健な「アルコール先生海水浴の巻」からの飛躍的な発展なのもキャリアを無駄にしないチャップリンらしいところで、エッサネイ社~ミューチュアル社の初期短編時代のチャップリンは数作先まで射程をすえて1作1作を重ねていたと思われ、それはやはり毎月1作という、観客の記憶がまだ新しく前作が全米各地に稼働しているうちに新作が公開される環境を有利に使おうとしたからと考えられるのです。