人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

修正版『偽ムーミン谷のレストラン』第七章(未完)

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 第七章。
 ところで、とスナフキンは唐突に尋ねられました。思い出したようにしかわれわれの話が続かないのはなぜかね?
 さあ、とスナフキンは返答に窮しました。そして一瞬考えて、努力が足りないんじゃないですかね、と答えました。口にした直後すぐにこれではわざとあいまいに答えた当てこすりみたいに聞こえはしなかったか心配になりましたが、ここで慌てて言葉をつけ足すとかえって鬼に金棒、じゃなくてやぶへびかもしれません。スナフキンはやぶなら知っていますがヘビという動物は本でしか見たことがありませんでした。ヘビは背中に羽根(ですがあの体型では背中とはどこを指すのでしょうか?)を生やしている時もあれば、木の下でにやにやしている(しかしあの顔でヘビに表情といえるものがあるのでしょうか?)時もありました。つまりヘビとは実在する動物というよりも実在する動物をもとにした空想上の生き物であり、とどのつまりはトロールたちと同じ種類の存在なのではないかと思われました。その存在はこの世に実体が見いだせるものではなく、どこにいるかというとヘビというものを知った者の頭の中にいるのです。ただしそれには脳髄という知覚器官を備えた脊椎動物であることが条件なので、トロールのようなどこで斬っても均一な、脊椎どころか内臓や循環器系もありはしない、文字どおり血の一滴も通わない精霊的存在には認識しようもないはずなので、ここで重大な設定上の無理に突き当たります。ならばトロールトロール同士を知覚できないはずになるからです。
 ムーミン谷の秘密に近づいたような気がする、とスナフキンは思いました。しかもかなり核心に近い部分だ、とスナフキンは思い、背後からグサッと刃物を突き刺されたような気がしました。単刀直入とはこういうことかもしれません。これが相当やばい事態なのは、スナフキンが事実上の監禁状態を科せられていることからも推察されることでした。知りすぎてしまった立場に置かれるとこういうハメになる、とは疑わしきは罰せよと同じ次元で世の常です。だがおれがやり玉に上げられるのも仕方ないことなのだ、と冷静にスナフキンは考え、腹痛に教われました。スナフキンは免疫系が弱く、少し何かあると感染性胃腸炎になるのです。
 思い出したようにしか続かないのは、とスナフキンは苦しまぎれに言いました、忘れてしまいたいからなんじゃないでしょうか。
 忘れるって何を?


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 われわれのことですよ、とスナフキンは慎重に言葉を選ばなくてはな、と意識しながら答えました。ここにいる連中はみんな猜疑心が強い。一見とぼけたふりをしているが油断させておいて内心では言葉尻をとらえるのに虎視眈々としているのだ。味方など誰もいない。彼ら自身もおそらくお互いを監視しているので、つけ入る隙を伺っていてはきりがないだろう。まず最初に近づいてくるやつからは役に立つ情報を聞き出せない。スナフキンは学生時代に文化人類学の授業で習ったことを思い出しました。スナフキンの学んだのは技師の専門校でしたが、一般教養の必須科目に文化人類学概論があったのです。異なる文化圏に接触した時に、向こうからまず親しく接してくるのはそのコミュニティーでは決して重視されていないか、極端には疎まれてすらいる立場の者である場合が多く、そのコミュニティーの仕組みを知るサンプルとしては適切ではない、というのが異文化との接触の際の注意点として上げられていました。学校に転校生がやってくると、まず近づくのは友だちのいないやつなのと同じなのだな、と学生のスナフキンは思いましたが、測量専攻の学生の自分に学校が文化人類学概論を必須科目としていた意味はこういうことだったのだ、とスナフキンは改めて感じ入りました。
 だが今の段階では不利な状況から精一杯頭を働かせるしかない。学んだ通りスナフキンはまだこのコミュニティーにとってのはぐれ者としか接していないとしたら、ネガティヴな情報を反転させて未知の事態の実態を推測するしかない。そこでスナフキンはさぐりを入れてみたのでした。忘れられてはいませんか、というのはそれ自体は奇妙な問いてまはありません。事実前回の「新・偽ムーミン谷のレストラン」(61)が4月1日掲載ですから作者もどこまで何を書いていたかすっかり忘れていました。というより、忘れるまで放っておいたのです。ホームレスとなり、嫌疑をかけられ、何の説明もなく逮捕され収監されたのは作者自身の体験で、それは作者の場合は執行猶予保釈をえらんで起訴容疑を全面的に認める結末になりました。もしスナフキンに同じ運命をもたらし、同じ選択をさせたらこのフィクションは現実と同じものになってしまいます。フィクションは現実的合理主義や現実原則に従う必要はなく、フィクション自体の自律性を持たないでは現実の模倣、置き換えでしかなくなってしまうでしょう。


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 それで話っていうのはなあに、と偽ムーミン、みんなに聞かれちゃまずいことなの?
 まずいかどうかもまだわからないんだ、とスナフキン。だけれどなるべく大事にならないように確かめてみたい。もちろんひとりだけで調べることもある程度ならできる。でも一人だけで確かめて何かに気づいた場合は、それが自分だけに起きることなのか、誰にとってもそうなることなのかまではわからない。だからきみにお願いしているんだ。
 何でぼくに?
 それは、とスナフキンは言葉に迷いながら言いました、ムーミン谷の人びとの中で、きみがぼくの覚えているムーミンといちばん違うからなんだ。つまり……
 はあ、ケンカ売る気?と偽ムーミンは身を固めました、何が言いたいの?
 信じられないかもしれないけれど、とスナフキン、ぼくはムーミン谷に来たのはこれが初めてじゃないような気がする。きみのお父さんやお母さん、スノークやフローレン、ミムラさんやミイ、さらに年輩の男性トロールたちや魔女たちまで一度ならず会ったことがあるような気がする。今フローレンと呼ばれている彼女はノンノンと呼ばれていたことも、スノークのお嬢さんと家名で呼ばれていた時もあった。そのくらいあいまいで、しかしまぎれもなく、ぼくは以前にもこの谷に来ているんだ。
 そこまで言うんならそうだろう、と偽ムーミン、ぼくには関係ないけどさ。
 関係ないかな、とスナフキン、そうなんだ、ぼくの知っているムーミン谷にもきみがいた、そうでなきゃおかしい。ムーミン谷にはいろんな人がいた。なのにきみはぼくの知っているムーミンとはだいぶ違って見える。
 違うって例えば?
 ぼくの知っているムーミンはきみみたいに全身毛むくじゃらじゃなかった、とスナフキンはぶしつけも構わず言いました。
 だってそれは毛のない時のぼくしか知らないからさ、と偽ムーミン
 しかしきみの手のひらや足の裏には毛が生えていないが、とスナフキン、ぼくの覚えているムーミンの皮膚は緑色ではなかった。
 それはぼくの肌が緑色じゃない時しか知らないからさ、と偽ムーミンは言いました、いいかい--
 なら簡単だ、とスナフキンは言いました、きみがぼくの知っているムーミンじゃないなら、きみだってぼくを知らないはずだ。
 それは違うよ、と偽ムーミン、ぼくが緑色だろうと毛むくじゃらだろうと、ぼくはいつだってムーミン谷にいた。
 用件はそれさ、とスナフキンは言いました。


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 確かに、ここはあらゆる点でぼくの知っていたムーミン谷と変わりないように思える、とスナフキンは言いました。ではぼくの感じるこの強烈な違和感はなんだろう。
 きみ、ムーミンが毛むくじゃらなのははっきり違うような気がするからまだいい。ミイと呼ばれる小うるさい三つ目のちびはあんなに食卓や残飯の周りを飛び回っていただろうか。それにスノークと呼ばれる伊達男気取りのトロールはテンガロンハットをかぶって澄まし顔をしているが、彼は本来シルクハットをかぶってはいなかったか?きみのご両親は仲むつまじかったはずだが、どうやら今は離婚してお父さんは山へ芝刈りに、お母さんは川へ洗濯に行っているらしい。でもまあそうした些細なことは置いておいてもいい。福祉国家は寛大だから、その辺境にはよくありがちなこととも言っていい。決定的にぼくの記憶と違っているのは--
 きみたちの大半は癌か脳卒中心筋梗塞で死ぬ、とスナフキンは頭を抱えました。そうですよ、とスノークが答えました。
 きみを呼んだつもりはないよ、とスナフキン。私のせいにしないでください、とスノーク。あなたはそんなことをムーミンに答えさせるつもりだったんですか?そんなの100億万円積んでも豚に真珠です。それならきみには答えられるのかい?もう答えたじゃないですか。
 私たちの大半は癌か脳卒中心筋梗塞で死にます、とスノークは駄目押しで答えました。なかなか悪くないでしょう?中には免疫不全症候群や、恋に焦がれて死ぬ者もいないでもありません。しかしこれは感染症や事故死でずっと若い平均寿命で命を落としていた時代よりも文明が進んだ成果と言って良く、私たちだって文明の恩恵に預かって悪くはないでしょう?
 そのテンガロンハットもかい、とスナフキン。このテンガロンハットもです、とスノーク。そのテンガロンハットもよ、とフローレン。そのテンガロンハットもさ、とムーミンパパ。そのテンガロンハットもね、とムーミンママ。そのテンガロンハットもかい、とヘムレンさん。そのテンガロンハットもねえ、とジャコウネズミ博士。そのテンガロンハットもか、とヘムル署長。そのテンガロンハットもですかい、とスティンキー。そのテンガロンハットもなの、とフィリフヨンカおばさん。そのテンガロンハットもなのよ、とミムラねえさん。そのテンガロンハットもなの?と偽ムーミン。いやはやみなさん、照れますなあとスノーク


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 案外手間はかからなかったな、とムーミンパパはレストランのドアをくぐり、ムーミンムーミンママを振り返りました。ムーミン、実は偽ムーミンは朝の居間の会話中、レストラン行きに危険を察してトイレに立ち、本物のムーミンと入れ替わっていたのです。
 偽ムーミンが抱いた疑惑とは主に、
・情報源があやしい
・謎のレストランというのがくさい
 その根拠は、ムーミンパパが見ていた新聞は今朝届いたとは思えないし、パパの頭はどうも不思議な電波を拾っているらしい。顧客を肥らせ食材にするレストランの話はよくある。偽ムーミンムーミン谷公立図書館に勝手に住んでおり、女性司書とも肉体関係があるので耳年増なのです。さらに、
ムーミン谷には通貨がない
 というのも偽ムーミンの抱いた疑惑の根拠でした。正確には現在は通貨がないが、過去には1ムーミン2ムーミンという単位が存在していたらしい。だがこれは貨幣経済ではなく人身売買が経済制度だった痕跡ではないか、とムーミン谷の歴史書の中でも学校教科書でも半ばタブーになっています。
 経済といえばスティンキーくんだろう、とジャコウネズミ博士。こうしてきみと膝突き合せて話すとトゲが刺さって痛いが、プロの見解を聞ける機会は滅多にないからな。いやいや恐縮するのはわれわれの方さ。きみの職業では、つまり窃盗と横流しだが、やはり通貨に代わる何かがあるのかね?現物交換としても等価交換では商売にはなるまい。もっと汎用性のある価値の導入が経済には必要なはずだ。
 そうですね、あっしも通貨には関心がありますよ。効率的ですからね。ただ、ムーミン単位制は今やムーミンは稀少種ですしね、金の先物取引と似たリスクが生じるでしょうね。
 なるほど、必要な流通量を確保できないと相場が不安定になるな。
 単位の問題もあります。先物取引としてもまあ9,999ムーミンまでならいいんです。ところが1万ムーミンとなるとわからない。なぜ9,999の次が1になるのか。さらに99,999,999ムーミンに1ムーミンを足すと1億ムーミンですが、たかが1頭で万とか億に相当するムーミンなど現実に存在しますかね?
 ものすごくでかいムーミン族の個体だろうな、とヘムル署長。そんなのが進撃してきたら山脈を越えて来る前に迎撃せねばならん。
 そこで、とスティンキー、本物が無理なら手頃な偽ムーミンを量産する手がありますよ。あくまで代用通貨ですがね。


  (以下未完)


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第一部改作版・既出2016年6月~2017年7月、全八章・80回完結予定=未完)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)