市島三千雄・千田光全詩集前書き



*
萩原・室生の陰とはいえ大手・山村はなんといっても大詩人で、大部な全集に質の高い作品がざくざく埋っている。生前まるで埋もれていたわけでもないし、戦後の詩人全集では必ず、一般の文学全集でも忘れ去られるということはない。再評価どころか本格的な評価もまだまだだが、上毛カルタを知っている人ならいつか大手・山村に決定的な評価をくだす世代を送り出してくれるだろう。
*
ところが市島三千雄・千田光となると再評価どころか評価すら身内しかない。没後刊行詩集で一躍評価を得た寡作の詩人といえば富永太郎(1901-1925)がいるが、寡作とはいえ35篇、訳詩10篇、日記・書簡を残している。交遊も広い。市島・千田には作品以外の周辺資料がなにもない。
「現代詩人全集第二巻・近代2」(角川文庫1963)の市島三千雄詩集は11篇15ページ(他に2篇)でこれが全詩集。「現代詩手帖」1971年1月号「千田光詩集」は11篇12ページ(改作を除いた)でやはり全詩集。市島は萩原朔太郎が発見、千田は北川冬彦の詩誌に依ったので北川の友人・梶井基次郎は毎号の感想を北川に送り、千田の作品を絶讚している。最初に千田光の名を知ったのはそれだ。
市島のほうは1963年の角川文庫「現代詩人全集」全10巻を買ったら河出書房「日本現代詩体系」全13巻にも創元社「全詩集大成・現代日本詩人全集」全15巻(河出・創元とも現社詩研究家必携)にも載っていない唯一の詩人だったからだ。
*
萩原たちは過去の詩がすべて流れ込み、未来の詩を生み出す漏斗みたいな存在だった。市島・千田はその細い流れの一滴だ。おそらく乏しい読書と見聞からほとんど独学で詩を書いた。そこを買う。