『体裁のいい景色(人間時代の遺留品)』
(29)
脳髄の旋転が非常に重い
そうして具体的に渋いのは海岸線である
太陽太陽が出るのである
香水の商売をしているヘブライ人が
ナギのいい砂漠の上に額をこすりつけて
礼拝する
(30)
《熱帯の孤島にある洋館の一室
中央にただひとり藤椅子の上に
船長の細長い顔した令嬢が座っていた
崇厳なる処女の無口とその高価なる大絨毯のため
一青年は紙煙草の灰を落す場所なく遂に
自殺をした》
なんたる猛烈たる日中であるよ
しかしそうでもないよ
(31)
死人の机の中から
紙煙草の銀紙で造った大なるボールを発掘した。
なんたるハイマートクンストであるよ
(32)
平らべったい山脈に
フロックコートをきて立つ
そうしてシノノメを待つ
三脚と杖は
実に清潔なる影をなげることになる
なんと偉大なる感情家で天然の法則はある
(33)
世界がつまらないから
泰西名画を一枚ずつ見ていると
遂に一人の癇癪もちの男が
郷里の崖に祝福を与えている
(34)
割合に体裁のいい景色の前で
混沌として気が小さくなってしまう瞳孔の中に
激烈に繁殖するフユウシアの花を見よ
あの巴里の青年は
綿の帽子の中で指を変に屈折さす
郵便局と樹があるのみ
脳髄はデコボコとして
痛い
(「三田文学」1926年11月・完)