人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(2)詩人氷見敦子・立中潤

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筆者は通学実態のほとんどない偽大学生みたいなものだったが、学生課の求人斡旋と学食と購買部、そしてもちろん図書館はしっかり利用していた。大学の講義内容は高校生時代に自習済みだったから、大学も自習の続きのために籍を置いていたようなものになる。
ぼくの研究対象は絞れば大正~戦後の近・現代詩史だった。これは大学図書館の豊富な蔵書や、神田~小川町・高田馬場~早稲田の古書店ベルト地帯を庭にしなければ基本資料にも当たれない。下北沢なども穴場だった。

立中潤の日記に、下北沢の古書店に同人誌を置いてもらうエピソードがある(立中は狛江市のアパートに住んでいたので小田急沿線の配本担当になった)。店主の無愛想な態度に腹を立てている。この古書店はぼくもよく利用したので笑ってしまった(今もある)。立中潤遺稿集は下北沢のもう一軒の名物古書店で買った。ぼくは10代の終りで、立中の死から10年も経っていない街を歩いていた。

その頃、立中より3歳年少の氷見敦子は第一詩集におさめられる詩編をまとめ始めていたことになる。年譜を照合すると1975年、大学卒業後郷里の銀行に縁故就職した立中はわずか2か月で自殺し、一方氷見は20歳にしてようやく詩に興味を持つようになる。この75年は現代詩の分水嶺とも言うべき荒川洋治「水駅」の年でもあった。
氷見はさっそく投稿雑誌に処女作を発表する。

『杉木立』
あれは あなたの
うしろ姿ですね
ほら 杉木立の中へ 消えて行く
石段を のぼりつめ
見え隠れに 遠ざかって行く

あれは いつもの
あなたの傘ですね

私は とうとう 見つけました
雨に濡れた 杉木立の
深い影の奥に……

あなたですか

あなたでした
あなたでした……

ああ 声にならない言葉を
ぽんぽんと その背中に
投げつけたい そうして
私は 静かに息づいて
風となり そっと後を
つけていきたい
(月刊「文芸教室」75.7)

前回引用した第一詩集の巻頭作品『水幻』までの努力が感じられる。立中の第一詩集の巻頭作品は無理の目立つ未熟なものだったが、氷見は第一詩集で洗練されていた。
だがこの年、立中は没後発表の作品群でピークに達していた。次回で鑑賞する。