(連作「ファミリー・アフェア」その15)
結婚生活の間、夫婦で意見が分かれた時には九割方妻の判断のほうが良い結果になった。ぼくは一度にいくつもを平行して片付けなければと焦りがちなタイプだったが(職業病とも言えた)、妻はひとつひとつを慎重にこなし(転居後の整理などがそうだ)、
「また負けちゃったよ」
と妻に降参するのが恒だった。妻は得意気な顔もせず、ぼくの性急さを笑いもしなかった。
ふたり目の恋人と別れてから、ぼくは思い当る限りの女性の知人に(女の友は女だ)、
「友だちを紹介してください」
と電話してまわった。ロック・バンドをやっていた頃の知り合いから、別々にふたりの女性を紹介してもらえることになった。税務署勤めの女性と郵便局勤めの女性で、どちらもぼくより若いらしい。
「佐伯さんとだったら音楽の好みが合わないと駄目でしょう?今はジャズやっているんでしょ?その人ジャズは興味ないわよ。それに…」
Nさんは少しためらって、「佐伯さん今いくつ?なら彼女は二歳下ね。でも、今まで一度も男の人とつきあったことない人なのよ」
ぼくは別に当惑はしなかった。ぼくは交際したのはふたりだけだが、どちらとも5年以上つきあってきた。どちらもぼくが初めての恋人だった。理論的にはどんな女性でも相手になれるはずだ。
これまでの恋人とはどちらとも最後には倦怠期を迎えて、無惨な別れ方をした。それを乗り越えて支えあっていこう、というには若すぎた。
「今度のライヴはいつあるの?それじゃ、その時に彼女を誘って行くわね」
来てくれた。ロックのライヴハウスには慣れていてもジャズ・クラブというのはまったく違う場所だ。チェンジ・バンドと入れ替わっている時は客席で食事しながら打ち合わせをするのだが、この時はぼくと彼女のお見合いの席になってしまった。まあ次の回のセットリストはライヴ前のミーティングで決めてあるし、ぼくのバンドは鍛えてあるから50曲ランダムにぶっ通しでも演れる。
再びぼくのバンドの番になり、お別れに住所と電話番号を交換した。帰宅すると留守番電話が入っていた。翌日の日曜日、早くもデートすることになった。横浜を散歩して、帰りには手をつないだ。翌週には彼女の好きなロック・バンドを見に行き、帰りは郵政宿舎近くまで送り、抱擁しあって別れた。週刻みだった。