人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(75)

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どうしたんだい、フローレン、と偽ムーミンはびくびくもので向き直りました。ずいぶん顔がこわいよ、と言いながら偽ムーミンは思考を高速回転させていました。何か本物のムーミンらしいことを言わなければならない。それは本物のムーミンには必ずしも思いつかないとしても、当面の相手がムーミンから期待しているような応答になる。
そこでおそらく望まれているムーミン像は、
・基本的に天然無垢
・だいたいは的外れ
・ときどき図星を突く
―というようなものだろうと、漠然と偽ムーミンは考えていました。もちろん各人のムーミンに対する態度は微妙に異なるもので、ミイが遠慮なく馴れ馴れしいのはムーミンを対等以下と見倣しているのはわかりやすい例ですし、スノークとなると完全に子供扱いで、スナフキンは一緒に夕陽を見ている時などムーミンの手に手をそっと重ねてきたりもします。偽ムーミンが入れ替わっている時にも何度かそれはありましたが、覚られないように表情を見るとスナフキンは夕陽に顔を向けているだけで、瞳孔は大きく開いて、ほとんど眼全体を黒目にしていました。ムーミンの手を取って何か愉悦を感じているのです。これは偽ムーミンの入れ替わりに気づかれてはいない証拠でもありますが、薄気味悪いことでした。
ですが偽ムーミンにとってもっとも苦手な相手はフローレンです。こいつは婚約者の資格でどんなに滅茶苦茶な質問、無理難題の要求すらできると思ってやがるんだ。相手がムーミン本人なら構わない。だがおれが入れ替わっている時にこいつに関わるのは真っ平だ。だけど今は何か無難なことを言わねばならない。偽ムーミンはフローレンが席を外して戻ってきたらしいことを察しました。そうでなければわざわざ話かけてくる用もないはずです。
どうしたの、お兄さんと何かあったのかい?とするりと、ただし大して心配した様子もなく台詞が出て、偽ムーミンは内心ガッツポーズをとりました。偽ムーミンの知る限り、スノークとフローレンの兄妹仲はうわべは睦まじく水面下はドロドロであるはずです。この兄妹はともに見栄が強いから、フローレンの答えはいいえ、何も。それ以上に会話は進まないでしょう。
しかし偽ムーミンは読みを誤りました。フローレンは真顔で尋ねてきたのです。私が少し席を立った間に、レストランでいったい何があったの?