人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2018年12月4日~6日/初期短編(エッサネイ社)時代のチャップリン(2)

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 多少読みづらいのをお詫びしますが、今観直している時期のチャップリン映画は短編時代なので、第1回の前回同様に今回は短編1編ごとの紹介・感想文ではなく3編ずつまとめて観ていき感想文を一括しています。エッサネイ社時代('15年~'16年初頭)での15編はこの体裁でいくつもりで(実は読みにくいのでやっぱり後から個別レビューに直しました)、ミューチュアル社移籍後の12編('16年)では短編個別の感想文になるかもしれません。映画デビュー年の'14年のキーストン社時代のチャップリン映画をキーストン社の社風による即興的バーレスク喜劇とすれば、スター俳優として一本立ちして監督権を手中に収め脚本に凝り始めたエッサネイ社では短編映画としての完成度をコントとして高め、さらにミューチュアル社移籍後には'18年の「犬の生活」から始まるファースト・ナショナル社移籍後の中短編に見られる長編映画の雛型というべきドラマ構成への指向があり、チャップリンは天才俳優であり映画人でしたがキーストン社時代に34編、エッサネイ社時代に15編、ミューチュアル社時代に12編と(キーストン社時代の唯一読みマック・セネット監督の長編『醜女の深情け』'14を除いても)'14年、'15年、'16年の3年間(チャップリン24歳~27歳)に61編もの短編映画に出演し、うちキーストン社第11作以降の51編はチャップリン自身の脚本(原案)・監督作です。キーストン社時代には先輩・同僚俳優との共同監督や助演・準主演・比重の均しい共演作もありましたが(そうした作品でもチャップリンはずば抜けて光る存在感を放ち、人気スターとなりました)、エッサネイ社移籍後にはチャップリンは堂々と一枚看板を張る監督兼主演スターとなりました。
 エッサネイ社最初の3編ではキーストン社を引き継ぐ作風から見違えるような丁寧な作品作りに移る過程が見えましたが、今回のエッサネイ社第4作「アルコール先生公園の巻(チャーリーが公園で)」から第6作「チャップリンの失恋」では、エッサネイ社第2作「アルコール夜通し転宅」で初出演した新人女優、エドナ・パーヴィアンス(1895-1958)がいよいよヒロイン女優としてプロットの鍵を握るキャラクターになっていきます。パーヴィアンスは30作のチャップリン映画に出演したチャップリン映画最多のヒロインで、ほとんどチャップリン映画専属女優としてキャリアをまっとうした人でしたが、チャップリンは1889年4月16日生まれ、パーヴィアンスは1895年10月21日生まれなので今回までの短編はまだチャップリン25歳、パーヴィアンス19歳と実年齢の上でもまだ初々しく、チャップリン自身は出演せず監督・脚本に徹したパーヴィアンス主演のメロドラマ長編『巴里の女性』'23が実質的にパーヴィアンスの引退作になりますが、8年間のロマンスの間に何度となく結婚の話が上がりながらスターゆえに艶聞が耐えないチャップリンとの結婚にパーヴィアンスは踏み切れず、『巴里の女性』はチャップリンと別れ映画女優も引退するパーヴィアンスへのはなむけのようなしっとりとしたメロドラマに名作長編映画になりました。今回の3作はパーヴィアンス出演の最初の2作「アルコール夜通し転宅」「チャップリンの拳闘」の添え物的役柄からパーヴィアンスのヒロインとしての比重が高まっていき、それがチャップリン映画にいかに不可欠な要素となっていくかを確かめられる面白さがあります。ロマンス映画としてのチャップリン作品は遺言的名作『ライムライト』'52まで続き、それはパーヴィアンスとの共演作から始まったと言えます。

●12月4日(火)
「アルコール先生公園の巻(チャーリーが公園で)」In the Park (Essaney'15.Mar.18)*15min, B/W, Silent : https://youtu.be/yij5XPqma1c

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 エッサネイ社移籍第1作「チャップリンの役者(His New Job)」が'15年2月1日公開、第2作「アルコール夜通し転宅(チャーリーの夜遊び)(A Night Out)」が同年2月15日公開、第3作「チャップリンの拳闘(The Champion)」が同年3月11日公開と、キーストン社時代のように週1作ペースでこそありませんがエッサネイ社では第3作までをいずれも2巻もので作ってきたチャップリンは、早いうちに年間14作のノルマをこなし後から時間をかけた力作で勝負する目算だったのでしょう、第4作「アルコール先生公園の巻(チャーリーが公園で)(In the Park)」('15年3月18日公開)、第5作「チャップリンの駈落(A Jitney Elopement)」(同年4月1日公開)、第6作「チャップリンの失恋(The Tramp)」(同年4月15日公開)、次回に紹介する第7作「アルコール先生海水浴の巻(By the Sea)」(同年4月29日公開)まではいずれも速いペースで製作・公開された1巻もので、2巻ものに戻った第8作「チャップリンのお仕事(義侠)」は'15年6月21日公開と初めて2か月近い間を空けた作品になり、以降'15年度のチャップリンのエッサネイ作品は月1作ペースになり、'16年度にはミューチュアル社への移籍の決まったチャップリンはエッサネイ社へは'16年度には'15年12月18日公開の2巻もの「チャップリンカルメン(珍カルメン)(Charlie Chaplin's Buriesque on Carmen)」の4巻版を4月22日公開、契約満了の第14作「チャップリンの改悟(Police)」が5月27日に公開され、さらにエッサネイ社は同社での14編のチャップリン作品のアウトテイク場面を編集して新作「三つ巴事件(Triple Trouble)」('16年8月11日公開)として発表します。移籍したミューチュアル社では'16年5月15日公開の移籍第1作「チャップリンの替玉」以降は'16年度中には毎月1作、メジャー映画社への移籍を交渉していた'17年には1月、4月、6月と新作短編があり、いよいよファースト・ナショナル社への移籍が決まった'16年後半にはミューチュアル社第12作「チャップリンの冒険(The Adventurer)」が10月23日に公開され、同社でのチャップリン最終作になりました。ファースト・ナショナル社移籍第1弾の中編大傑作「犬の生活(Dog's Life)」の公開はその半年後の'18年4月14日、次の傑作中編「担え銃(Shoulder Arms)」は同年10月20日公開と、ここから先のチャップリンは世界最高の映画監督兼俳優・脚本家になります。
 第3作までを2巻ものの短編に作っておきながら第4作~第7作までは1巻ものの短編を速いペースでくり出したのは、契約上そこまで作れば第8作以降は月1作ペースで製作・公開できるという計算もあれば、第2作で端役で起用し、第3作ではヒロイン役に抜擢したエドナ・パーヴィアンスをいよいよレギュラー・ヒロインに定着させようと集中的に観客にアピールする意図もあったでしょう。3月11日公開の第3作「チャップリンの拳闘」から4月29日公開の第7作「アルコール先生海水浴の巻」まで6週間に5編の新作で毎回パーヴィアンスがヒロインを勤めたとあっては、第8作「チャップリンのお仕事(義侠)」まで2か月空いたとしてもチャップリン作品はロングランしていますから、観客の間にもチャップリン映画のヒロイン役のパーヴィアンスはすっかり浸透していたはずです。1巻ものとはいえキーストン社のように1日本番、翌日追加撮影、それでも不足なら3日目で完成させてしまうような製作方法ではなく、第6作「チャップリンの失恋」は当時の短編映画空前の3週間をかけて製作されて話題を呼びました。後世のサウンド・トーキー時代でもインディペンデントのB級映画では長編映画を1~2週間、ポルノ映画(ピンク映画)などでは3日間で撮影されるのが珍しくないのと較べても、1巻もののサイレントの短編映画に3週間の撮影期間をかけたのがどれだけとんでもなかったかがわかります。月1作ペースになるとそれがチャップリンの短編映画の最短撮影期間になるのです。ただしこの時期の1巻ものの短編はパーヴィアンスのオーディション代わりでもあったと思え、エッサネイ第4作「アルコール先生公園の巻(チャーリーが公園で)」はキーストン社第12作「恋の二十分(Twenty Minute of Love)」の実質的リメイクであったりするあたり、1巻ものの限界を感じさせます。この短編で公園の隣ベンチのカップルのフランス人伯爵役はレオ・ホワイト、公園のベンチでヒロインをナンパするチャップリンの懐を狙うスリ役はのちに監督になり、『四十二番街』'33の他'20年代~'50年代までさまざまなヒット作があるロイド・ベーコン(1889-1955)で、ベーコンは本作を皮きりにエッサネイ社時代のチャップリン作品11作に出演しています。「チャップリンの駈落」ではヒロインの父親(恋のライヴァルの伯爵役はレオ・ホワイト)、「チャップリンの失恋」ではチャップリンが恋した農夫の娘のヒロインの婚約者(レオ・ホワイトはヒロインを襲い農家を狙う強盗役)、という具合です。
 つまりこれらの1巻ものはレギュラー助演陣で続けざまに製作された連作の趣きがあって、ヒロインであるパーヴィアンスの役柄も作品が進むにつれて重要かつ複雑なものになっていきます。「アルコール先生公園の巻」が恋愛指南書を読む公園のベンチの休憩中の看護婦のパーヴィアンスを通りかかったチャップリンがナンパする、同じ公園の他のベンチではレオ・ホワイトが女の子を口説いている、そこにスリのロイド・ベーコンが現れてすったもんだになり……とあえて他愛のない内容なのは前作「チャップリンの拳闘」ではまだそれほど登場シーンのなかったパーヴィアンスの本格的な紹介映画なのが大事な狙いなので、若くて健康的で美人で善良で、しかし少々そそっかしくチョロい面もあるという愛嬌のあるパーヴィアンスのキャラクターを打ち出したものです。そういうヒロイン紹介映画ですから本作は「キーストン社の作風とエッサネイ時代の作風の過渡期にある作品」とされるような単純な設定と内容の短編ですが、前作「チャップリンの拳闘」でチャップリンがすでにキーストン社を吹っ切ったドラマ構成のある短編を作れる監督なのは実証済みで、しかし周密なドラマの短編ではヒロインには限られた出番しか与えられないのも「チャップリンの拳闘」でわかった。そこでキャラクター表現に的を絞った1巻ものの連作を作ることにし、たまたまその連作はキーストン社風の「アルコール先生公園の巻」から始めることになったというだけでしょう。続く「チャップリンの駈落」「チャップリンの失恋」「アルコール先生海水浴の巻」はキーストン社の作風ではなく、「チャップリンの拳闘」の成果を過ぎてきた充実した1巻ものの短編になるのです。

●12月5日(水)
チャップリンの駈落」A Jitney Elopement (Essaney'15.Apr.1)*25min, B/W, Silent : https://youtu.be/zIKOOEJ7c5A

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 実際1巻もの然としたコント風の「アルコール先生公園の巻」と較べると「チャップリンの駈落」「チャップリンの失恋」は尺数はほぼ同じの1巻ものでもこれほど映画らしい作品になるものかというほどで、「チャップリンの駈落」は田舎紳士(ロイド・ベーコン)が娘(パーヴィアンス)を爵位のある相手に嫁がせようと画策していますが、パーヴィアンスはバルコニーから路上のチャップリンと愛を語りあう仲です。今回のチャップリンも「アルコール先生公園の巻」同様、キーストン社以来のちびたタキシードにドタ靴、ステッキの放浪紳士のチャーリーですが、そこが短編連作の強みでチャップリンとパーヴィアンスは相思相愛というのが公開からまだ1か月未満のほやほやの新作の前々作、前作の流れで観客には浸透しています。現代の観客もチャップリン短編は数編まとめた上映や映像ソフトで観るので事情は同様です。さて、チャップリンは小麦粉を顔にはたき偽伯爵を名乗って田舎紳士の館に乗りこみ歓待されますが、そこに招かれていた本物の伯爵(レオ・ホワイト)が到着して正体がバレてつまみ出されます。伯爵はパーヴィアンスに求婚しますが、チャップリンはパーヴィアンスをさらって伯爵の乗ってきた車で逃げ出します。田舎紳士と伯爵は警官を呼んで高級車で追跡し、短編後半は映画史上もっとも早い時期のカー・チェイス場面で背景やアクション、モンタージュにも工夫が凝らされ、疾走するチャップリンの車と伯爵の車をともに真横から撮影した車上撮影(まだスクリーン・プロセス開発前です)のショットもあります。結末は波止場に追いつめられたチャップリンの車が伯爵たちの車をかわし、高級車は海に落ちてチャップリンとパーヴィアンスの抱擁でハッピーエンドとなります。

●12月6日(木)
チャップリンの失恋」The Tramp (Essaney'15.Apr.11)*26min, B/W, Silent : https://youtu.be/BGLVi9XelFE

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 前作のようなハッピーエンドにはもちろん観客はめでたしめでたしとは思うものの、ヴァイタリティはあっても経済力は皆無のチャップリンにお嬢さまのパーヴィアンスが結ばれて上手くいくかとも思うので、ちゃんと次には「チャップリンの失恋」が控えています。農夫の娘のパーヴィアンスが強盗のレオ・ホワイトに襲われそうになったのを通りかかったチャップリンが助けます。感謝したパーヴィアンスは自宅の農家にチャップリンを招き、一家から歓待されます。さらに一家は遅い時刻なのでチャップリンを泊めますが、つけてきていた強盗は仲間を連れて夜間に農家に押し入ります。チャップリンは獅子奮迅の活躍で朝方ようやく強盗たちを撃退しますが、パーヴィアンスがチャップリンに感謝を重ねているところにパーヴィアンスの婚約者(ロイド・ベーコン)が訪ねてきます。サイレント時代の女優の表現力を知らしめる場面で、チャップリンに示すよそゆきの親しみ・感謝と婚約者の登場で一変する全身の嬉しさが一瞬で場の空気を変えるのが伝わってきます。ここでのロイド・ベーコンは身なりの良い美男子の好青年で、前2作と較べても作品ごとに年格好そのものから多彩な役を演じられる器用な性格俳優だったのがわかります。チャップリンは別室に行き、「あなたの感謝を愛情と勘違いしていました」と一行だけの木訥な置き手紙を書きます。この手紙の大写しと、チャップリンが再び居間に戻り一家に別れを告げ、引き留められて「...No...Thank You」だけが本作唯一の字幕タイトルです。チャップリンは出て行き、戸口から歩き出します。居間ではパーヴィアンスがチャップリンの置き手紙を手にし、一家がパーヴィアンスをかこみます。田舎の一本道を去っていくチャップリンの後ろ姿がラスト・ショットです。本作は強盗退治に中だるみがあり完成度やコメディとしてはいまいちですが、もう本当に後年の『サーカス』'27や『街の灯』'31の原型ができていて、「チャップリンの駈落」のようにヒロインとのハッピーエンドに終われば『黄金狂時代』'25や『モダン・タイムス』'36ですし、ヒロインの檜舞台のステージ袖で息を引き取る『ライムライト』'52がチャップリンの遺言的作品だったのも「チャップリンの失恋」の発展です。この両方のコメディ・ロマンスの相手をエッサネイ社~ミューチュアル社~ファースト・ナショナル社に渡って勤めたのがパーヴィアンスで、チャップリンにはロマンス系コメディではない辛辣な風刺作品の系列もありますが、常にヒロインにはパーヴィアンスを確保していたのです。