人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

女性詩

氷見敦子「日原鍾乳洞の『地獄谷』へ降りていく」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 日原鍾乳洞の「地獄谷」へ降りていく 氷見敦子 その日を境に 急速に体調が悪化していった明け方、喉の奥が締めつけられるように苦しく 口にたまった唾液を吐き出す 胃を撫でさすりながら 視線…

氷見敦子「『宇宙から来た猿』に遭遇する日」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 「宇宙から来た猿」に遭遇する日 氷見敦子 四月十日/午前十一時過ぎ。急いで部屋を出る。 都営三田線で神保町へ。バスを待つ間、近くの書店へ立ち寄り、 ジョン・ケージ『小鳥たちのために』…

氷見敦子「半蔵門病院で肉体から霊が離れていくとき」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 (氷見敦子) 半蔵門病院で肉体から霊が離れていくとき 氷見敦子 十二月二十五日/半蔵門病院。入院して二日目。 ナースの指示に従って、病院で手術衣に着がえる。 麻酔がかかりやすくなる注射を打たれて、…

氷見敦子「東京駅から横須賀線に乗るとき」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 東京駅から横須賀線に乗るとき」 氷見敦子 六月九日/曇り空の下を歩き、東京駅から横須賀線に乗る。 電車の箱が揺れ始めています。(夢ではなく、 箱に入る、わたしの脳にとり憑く声、声の、 …

氷見敦子「井上さんといっしょに小石川植物園へ行く」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 井上さんといっしょに小石川植物園へ行く 氷見敦子 五月十八日/晴れ。風が少し強い。 お弁当を持って、井上さんと小石川植物園へ行く。アパートの前から 道が、人家の奥に、吸い込まれるよう…

氷見敦子「井上さんと超高層ビル群を歩く」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 (氷見敦子) 井上さんと超高層ビル群を歩く 氷見敦子 十二月十日/新宿西口『滝沢』。二十分遅れて 井上さんが来る。広いフロアーを横切って来る男が、 視線の先から「井上さん」となって、わたしの脳の襞…

氷見敦子「千石二丁目からバスに乗って仕事に行く」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 (氷見敦子) 千石二丁目からバスに乗って仕事に行く 氷見敦子 十月九日/くもり。風が冷たくなった。 千石二丁目のバス停。いつもの老人が先に来ている。 不忍通りを走る車の流れが、蠅の群のように、 眼球…

氷見敦子「夢見られている『わたし』」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 「夢見られている『わたし』」 氷見敦子 巣鴨から山手線に乗ったわたしのなかにとめどなく湧き出してくる 睡魔があり、わたしは 曖昧模糊とした意識の波に揺られながらも 女たちが鶏のように…

氷見敦子「神話としての『わたし』」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年より)

『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 (氷見敦子) 「アパートに棲む女」 氷見敦子上の階に棲む女を わたしはまだ一度も見たことがなかった 女のたてる音だけが 生きていて 「存在」する アパート全体を木立のようにざわめかせる 深夜、 女が…