人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(9)フランツ・カフカ小品集

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今回はやや長いので、2/3ほどに圧縮した。傑作。
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『掟の門』

掟の門前には一人の番人が立っていた。田舎から来た男がこの番人を訪ねて、門の中へ通してほしいと頼んだ。だが番人は、今は駄目だ、と言う。男は考え込み、やがて、後になれば通してくれるのか、と尋ねた。「そうかもしない」と番人、「しかし今は駄目だ」掟の門はいつも開いたままで、男は中の様子を見ようと体をかがめる。この様子を見た番人は嘲り笑い、「そんなに入りたいなら、おれの制止を無視して入ればいい。だが念のために言うが、おれは一番身分の低い番人で、広間を抜けるごとに番人がいて、順番に権力が大きくなる」これは男にとって思いもかけない障害だった。掟の門ならば誰にでも、常に解放されているはずだ、と思うのだが、番人をつくづく眺めているうちに、許可が出るまで待とうという気になった。門番は男に低い椅子を貸し、入口の側に座らせておいた。門番は時々、思いついたように男に簡単な訊問をした。しかし、最後には結局、まだ門は通せない、と言った。男は門番を買収しようと決心し、惜しいと思いながらすべてを使い果たした。長年の間、男はひたすら門番を観察し続けた。他にも門番がいることなど忘れてしまい、この最初の門番が掟の門へ入ることを防げるただひとつの障害のような気がした。最初のうちは自分の不幸な運命を呪ったが、年が経つとただぼそぼそ呟くだけになった。ついに視力が弱ってきた。辺りが暗いのか、目が霞んだのか、自分でも判らない。しかし今、掟の門から一条の光が貫き、暗黒の中に輝くのが彼には解った。もはや望みは絶えた。死に直面して、生涯のあらゆる経験がひとつの疑問となって脳裡に凝集する。これは未だかつて門番に対し放ったことのない質問だった。もはや硬直した体を持ち上げることも出来ず、目で合図をした。門番は低く身をかがめた。「しつこい奴だな。今さら何が知りたい?」「あらゆる人が掟の門を求めています」と男は言った、「なのになぜ長年の間、私以外にこの門を訪ねる人がいなかったのでしょう?」門番は男の死期が近いことを知り、薄れていく男の聴力にも聞こえるように嘲笑して言った、「それはこれがお前だけの門だからだ。だから他の人間が訪ねてこ
ないわけさ。さて、おれも門を閉めて帰るとしよう」
(小品集「田舎医者」1919)