人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟入院記183

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(人名はすべて仮名です)
・4月13日(火)晴れ
(前回から続く)
患者会代表の話が出たのはひさしぶりだったが、退院予定日の決定が相次いでそろそろ冬村さんも決まるかな、とだれもが、なんとなく話題にするからで、それだけみんなが冬村さんに頼ってきたからでもある。先に退院が決っている人たちまでなにも気にすることはないと思うが、自分自身これまでの入院で、退院後に今ごろどうしているかなあ、と病棟を懐かしんだことがある。精神病棟というのは治療施設でもあるが、滞在型療養施設でもあり、学校の夏休みよりも長い生活時間を一つ屋根の下で過ごすから、退院しても母校のような郷愁が起るのを入院後半には予感してしまうのだ。それが通常の医療入院と違う。結核療養所や軍事医療施設ではあるかもしれないが」

「『ハック・フィン』の続きを読み、自宅に置いてきた新版の翻訳ならもっと躍動感あるよなあ、と思う。あまり読み進まず一服しに行くと、ちょうど松本さんと勝浦くんが喫煙室の先客で、カレンダーを見ながら次々退院しては上から下りてくるんだよなあ。まあ今は冬村師匠だから。それでいいじゃない?いや、もうそうでもないぞ、と勝浦くん。暗に坂部のことを言っているのだ。ところで佐伯くんの退院は、という話になり、五月の最終週、またはその前週でしょうか、六月になってから退院すると生保受給が満額支給されないから。全員揃わないと同窓会になんねえからよ、と松本さん。勝浦くんはデイルームを見渡していたが、なんで羽田のやつ佐伯くんの席に座ってんだ?あ、履き物脱いでおれの椅子に置きやがった!」

「一服終えて適当な空席でお茶を啜っていると、他人の席に足を乗せてどういうつもりだ!と勝浦くんが羽田有紗を一喝、問い詰め始めた。居合わせたくないのでさっさとお茶を飲みほして部屋に戻る。勝浦くんの気持はわかるしルームメイトとしては水臭いが、羽田有紗には関わりたくない。なぜ相手もなく一人で座ってくつろぐのに、彼女の席ではなく他人の席、しかも一時期ストーカー視していた人物の席に腰掛け、たまたま隣席とはいえ、彼女を嫌っている人物の椅子にサンダルを置き足を乗せる。悪意はなく偶然だと思いたいが、偶然なら偶然で彼女は何もかも都合の悪いことは忘れていることになる。勝浦くんの一喝や詰問も徒労にしかなるまい」(続く)