人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

日本文学

西脇順三郎詩集『近代の寓話』(昭和28年=1953年刊より)

(西脇順三郎明治17年=1894年生~昭和57年=1982年没>) 詩集『近代の寓話』 昭和28年(1953年)10月30日・創元社刊(外箱・表紙・裏表紙) アン・ヴァロニカ 西脇順三郎 男と一緒に―― その男は生物学の教授―― アルプスへかけおちする前 の一週、女は故郷の家にひそ…

夭逝のシュルレアリスム散文詩詩人・千田光(1908-1935)後篇

(千田光明治41年=1908年生~昭和10年=1935年没>) 『千田光詩集』 (小野夕私梓)森開社・昭和56年(1981年)11月十日刊・限定参百部 千田光(本名・森岡四郎、明治41年=1908年生~昭和10年=1935年没)は東京生まれ、幼児期に父を亡くし、小学校卒から多くの兄姉と…

立原道造詩集『萱草(わすれぐさ)に寄す』昭和12年(1937年)刊・全編

(立原道造大正3年=1914年7月30日生~昭和14年=1939年3月29日没>、23歳(昭和13年=1938年)、数寄屋橋ミュンヘンにて) これまで明治20年代初頭に始まり昭和60年代までの、ほぼ100年にわたる日本の自由詩形式の詩=現代詩をご紹介してきました。その100年のうち…

氷見敦子「日原鍾乳洞の『地獄谷』へ降りていく」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 日原鍾乳洞の「地獄谷」へ降りていく 氷見敦子 その日を境に 急速に体調が悪化していった明け方、喉の奥が締めつけられるように苦しく 口にたまった唾液を吐き出す 胃を撫でさすりながら 視線…

氷見敦子「『宇宙から来た猿』に遭遇する日」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 「宇宙から来た猿」に遭遇する日 氷見敦子 四月十日/午前十一時過ぎ。急いで部屋を出る。 都営三田線で神保町へ。バスを待つ間、近くの書店へ立ち寄り、 ジョン・ケージ『小鳥たちのために』…

氷見敦子「半蔵門病院で肉体から霊が離れていくとき」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 (氷見敦子) 半蔵門病院で肉体から霊が離れていくとき 氷見敦子 十二月二十五日/半蔵門病院。入院して二日目。 ナースの指示に従って、病院で手術衣に着がえる。 麻酔がかかりやすくなる注射を打たれて、…

氷見敦子「東京駅から横須賀線に乗るとき」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 東京駅から横須賀線に乗るとき」 氷見敦子 六月九日/曇り空の下を歩き、東京駅から横須賀線に乗る。 電車の箱が揺れ始めています。(夢ではなく、 箱に入る、わたしの脳にとり憑く声、声の、 …

氷見敦子「井上さんといっしょに小石川植物園へ行く」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 井上さんといっしょに小石川植物園へ行く 氷見敦子 五月十八日/晴れ。風が少し強い。 お弁当を持って、井上さんと小石川植物園へ行く。アパートの前から 道が、人家の奥に、吸い込まれるよう…

氷見敦子「千石二丁目からバスに乗って仕事に行く」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

『氷見敦子全集』 思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 (氷見敦子) 千石二丁目からバスに乗って仕事に行く 氷見敦子 十月九日/くもり。風が冷たくなった。 千石二丁目のバス停。いつもの老人が先に来ている。 不忍通りを走る車の流れが、蠅の群のように、 眼球…

氷見敦子「夢見られている『わたし』」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 「夢見られている『わたし』」 氷見敦子 巣鴨から山手線に乗ったわたしのなかにとめどなく湧き出してくる 睡魔があり、わたしは 曖昧模糊とした意識の波に揺られながらも 女たちが鶏のように…

氷見敦子「神話としての『わたし』」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年より)

『氷見敦子詩集』 思潮社・昭和61年=1986年10月6日刊 (氷見敦子) 「アパートに棲む女」 氷見敦子上の階に棲む女を わたしはまだ一度も見たことがなかった 女のたてる音だけが 生きていて 「存在」する アパート全体を木立のようにざわめかせる 深夜、 女が…

三好達治と菱山修三「懸崖」・田村隆一「四千の日と夜」

(三好達治) モダニズム時代の散文詩詩人、菱山修三(1909-1967)は今日ほとんど顧みられず、坂口安吾や逸見猶吉とは交友があったそうですが、当時の詩の流派のどこにも属さなかったために一目置かれこそすれ何となく孤立していた存在だったようです。没後に全4…

三好達治詩集『測量船』(昭和5年=1930年刊)と明治・大正・昭和の散文詩

(詩集『測量船』第一書房・昭和5年=1930年12月刊) 「鴉」 三好達治 風の早い曇り空に太陽のありかも解らない日の、人けない一すぢの道の上に私は涯しない野原をさまようてゐた。風は四方の地平から私を呼び、私の袖を捉へ裾をめぐり、そしてまたその荒まじい…

口語自由詩の揺籃~萩原朔太郎・三富朽葉・高村光太郎

(萩原朔太郎明治19年=1886年生~昭和17年=1942年没>) 日本の現代詩で口語自由詩を始めた詩人として浮かんでくる詩人の第一人者は萩原朔太郎(明治19年=1886年生~昭和17年=1942年没)でしょう。「殺人事件」は第1詩集『月に吠える』(大正6年=1917年刊)のう…

佐藤春夫詩集『我が一九二二年』全篇(大正12年=1923年刊)

(佐藤春夫明治25年=1892年生~昭和39年=1964年歿>) 『詩文集・我が一九二二年』 大正12年(1923年)2月18日・新潮社刊・装画=岸田劉生 我が一九二二年 佐藤春夫 目次 秋刀魚の歌 秋衣の歌 憂たてさ 浴泉消息 或る人に 冬の日の幻想 同心草拾遺 つみ草 別離 龍…

逸見猶吉「ウルトラマリン」(同人誌「學校詩集」昭和4年=1929年より)

(逸見猶吉明治40年=1907年生~昭和24年=1949年没>) 「報告」 逸見猶吉 (ウルトラマリン第一) ソノ時オレハ歩イテヰタ ソノ時 外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ 白樺ノヂツニ白イ ソレダケガケワシイ 冬ノマン中デ 野ツ原デ ソレガ如何シタ ソレデ如何シタトオレハ…

氷見敦子「消滅してゆくからだ」(『氷見敦子詩集』昭和61年=1986年刊より)

(氷見敦子) 『氷見敦子全集』思潮社・平成3年=1991年10月6日刊 消滅してゆくからだ 氷見敦子 眠りについた男の腕のなかから 昨日よりもさらに深い夢の奥へ入っていく その女のからだが水の通路になっていて 水音が聞こえる、どこかで 水道の蛇口が大きく開…

二つの「道程」~高村光太郎「道程」(大正3年=1914年)

(明治44年=1911年・28歳の高村光太郎) 詩集 道程 (抒情詩社・大正3年10月25日刊) 「道 程」 高 村 光 太 郎 僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る ああ、自然よ 父よ 僕を一人立ちにした広大な父よ 僕から目を離さないで守る事をせよ 常に父の気魄を僕に…